〈天草四郎時貞〉

 教会の扉を開けると神々しい光に包まれた室内が広がり、異国を思わせるカラフルなステンドグラスの窓が幾つもあった。天井も高く所々に建つ柱には見た事もない彫刻が施されている。


「神秘的ですね……」 正三達は中央通路をゆっくり進む。


「ありがとうございます」 教会の奥から声が聞こえ中央通路で村の女とすれ違う。正三達に会釈をして女は教会を出て行った。


 そして逆光で眩しい祭壇に人影が見えた。


――「ただいま。おじいちゃん。今戻りました」 杏音は祭壇の人影の方へと向かった。


「ああ、おかえり。アンネ。お客様かな」

 

「初めまして! 僕、正三と申します。江戸に行く旅の途中で杏音さんと会いここへ来ました」 


「そうですか。どうぞ皆様お掛け下さい」


「――天草四郎。殿! さっそくだがゾンビの件を話してくれや」 トウイチは椅子に座りながら平然と問う。


「ちょっと、トウイチさん!」 正三は慌てている。


「ふぉふぉふぉ。いかにも、私は天草四郎と申します」 天草四郎と名乗るその老人は白髪の長髪で長い白髭、白い衣装を身にまとっている。

そして杏音がそうである様にどこか東洋人ぽくはなかった。


「まずは切死端村へようこそ。詳細は孫のアンネより聞いておるじゃろう。ここは隠れキリシタンの集落じゃ」


――「天草殿。大変失礼でござるが、貴殿はその昔、戦死したと伝えられてござるが……」


により生かされた。とでも言いましょうかのう。それ以来この地で暮らしておりまする」 天草四郎は言った。


「赤目の化物…… ゾンビ共は古くから存在していたのですか?」 正三は問う。


「私が戦死した。とされる戦いにも少なからず、それらはおりましたぞよ。その時は防ぎきれましたが多くは遠く海を渡った西洋の地に存灯ゾンビを利益にするがありましてのう。私の息子、アンネのは、その地で今もその教団と戦っておりますじゃ。組織の者がこの国に来る事も分かってはいたが、なにぶんこの歳じゃて。動くこともままならんでしてな」


「私が未熟なばっかりに……」 杏音は悔しそうに言う。


「うむ。存灯は歩く屍。感染は莫大にこの国、いや、世界に広まっておる。群れは江戸を目指してな。なんとか食い止めねば。結界も長くは防ぎきれんじゃろう。しかし江戸に存灯ゾンビ討伐の、が集まっておる。我ら切死端の民も江戸への出発準備を進めておる所じゃ」


「それで俺らを、この村に招いたって訳か。お姉ちゃん」


「仲間は多い方が良いですよね」 正三はトウイチの乱暴な受答を逐一補う。


「この村に呼んだのはそれだけじゃないんですよ。おじいちゃんは神秘の秘術。奇跡を起こせます! トウイチさんの盲目だって!」 杏音は自慢げに言う。


「ええ! 本当ですか! そんな能力が存在するなんて!」 正三はトウイチを見て言う。


――「悪りいが遠慮しとくぜ。秘術か魔術か知らねえが、その類は苦手でね。それよりも、そんな奇跡起こせるんならゾンビを治した方がいいんじゃねえかい?」 トウイチは前のめりに言う。


存灯ゾンビ。 【心にる】 と言うが流石に私にも死人を治す事はできませぬよ。先の未来に治療方が見つかればよいがの。トウイチさん」


「しかし本当によいのでござるか? トウイチ殿」 格さんがそう言うとトウイチは、そっぽを向いた。


――「して、水戸の将軍殿はご一緒では?」 天草四郎がそう言うと同時に正三が椅子から激しく転げ落ちた。


「カタギじゃねえと思ったがデタラメだぜ」


――「余はとっくに隠居なのだ」 突然、教会の扉に寄りかかりながら黒眼鏡に手をあてる渋いシルエットのご隠居が現れた。


「ふぉふぉふぉ。お元気で何より。積もる話もありますて。今日は村に泊まって行かれよ」


「是非、そうして下さい。出発の準備もありますし」 杏音はにっこり微笑んだ。

 

美しい夕焼け雲が樹海の集落を包み込む。

一同は夕食をご馳走になった後、思い思いに時を過ごす。

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