〈温泉宿〉
敷地内へ入ると手入れの行き届いた美しい庭園が広がっていた。真っ白い小石の通路を歩き、豪華な建物内へと進む。
広い室内は静寂に包まれ、かえって不気味であった。従事者の姿は見当たらない。無論、客の姿もない。
「女将、一人だけっスか?」 助さんが女将に問う。
「え、ええ…… あちらの奥が露天風呂になります。他にお客様も居りませんので、お好きにお使い下さいませ」 女将はそう言うと、すぐにその場を去った。
「まさに貸切状態でござる!」 格さんは嬉しそうに答えた。
進んだ先には、のれんが掛けられ男湯、女湯と分けられていた。
「混浴ではないのだ! 何故なのだ!」 ご隠居のだだが始まった。
「ごごご、ご隠居さん! さすがにそれはマズいですよ」 正三がそう言うと銀子が口を開く。
「あら、私は構わないでありんすわよ」 杏音を横目で見ながら勝気で答えた。
――「うーん…… ご隠居さんだけでしたら…… まあ」 杏音は、おろおろしながら、困り顔で答えた。
ご隠居は胸を張りながら銀子と杏音を連れ半ば強引に女湯へ入って行った。トウイチ以外の男は羨ましそうにしている。
「おい、早く入ろうぜ。案内してくれよ。ここじゃ鼻が利かねんだから」
我に返った正三は頭を掻きながら 「そうですね、エロジジイは放っておきましょう」 そう言い、トウイチを連れ男湯へ入る。
「格! 先に行ってるっス。俺かわや行くっス!」 助さんはそう言うと、一人用を足しに行く。
――女湯
ご隠居と杏音の前で妙に強気の銀子は出番が来たと言わんばかりに、派手な着物を、ゆっくりと脱ぎだした。徐々にスタイル抜群の白い肌があらわになり始める。はち切れんばかりの豊満な胸。くびれのある腰。ボン! と出た尻。
杏音は口を開けて銀子を眺める。
「うひょひょひょ! たまらんのだ! 銀子よ!」 そう言い放つとサルは忙しく腰を振る動作を繰り返した。
銀子は杏音を細目で見ながら鼻で笑う。
杏音も恥ずかしそうに肌を極力隠しながら服を脱ぎ始めた。
「おほっ! 若いモチモチ肌も良いのだ!」 サルは鼻の下を伸ばした。
「キーっ!」 銀子は一人露天風呂へ走る。
――かわや
広々とした室内でなかなか便所を見つけることができない助さんは、やっとこさ、その方向を確認した。
「なんだ。外にあるタイプっスね」
玄関ホールと真逆にある屋外の出入り口の先に小さな個室便所があった。走りながら勢いよくドアを開ける助さん。
「うわっ!」
便所の中からネズミが逃げ出した……。
恥ずかしげに、ホっとしながらも用を足す助さん。
すると、便所の小窓から見える屋外の納屋の前で膝を突き手を合わせ念仏を唱える女将の姿があった。
「女将さ~ん!」 用を足し終えた助さんは揚々と女将に近づいた。あたふたする女将。
納屋の中からは扉を叩く音と、うめき声……
「女将さん…… まさか」 助さんは顔色を変え、ゴクリと唾を飲んだ。
「放っておいて下さいまし! ここには大切な主人や子供、仲居やお客様が……」 女将は目に涙を浮かべ答えた。
「奴らはもう人じゃないっス! 女将さん!」 助さんは青竜刀を握り言った。
「いやーっ!」 女将は納屋の扉を守る体勢で狂ったように叫び出した!
そして、納屋の鍵を取り出し戸を開ける!
「ヤバイ! 女将さん! うわっ!」 納屋の中から勢いよく化物の群れが飛び出した!
「みんな逃げるのよ!」 女将は正気でない。そして、すぐに化物のエサになる。
助さんは必死で露天風呂へと走った!
――男湯
「こんな風呂初めてですよ」
「いいもんだろ。デタラメオヤジ様々だぜ」
「しかし、助のやつ遅いでござるな」
男三人は露天風呂に浸かりながら話す。何本もの竹で作られた柵の裏側ではご隠居の咆哮が絶えず聞こえてくる。
「うるせえぞオヤジ!」 トウイチが叫ぶ。
昼間の露天風呂からは外の景色が美しく見えた。長旅の疲れや、日ごろの戦いを一瞬でも忘れかけたその時――
「大変だ! みんなヤバイっス! 女将が化物を、化物に――」 助さんが慌てて男湯に入って来た。
「なんでござる? ゆっくり言うでござる」
「化物の群れがいる!」 助さんは、はっきりと大声で叫んだ。
三人は勢いよく露天風呂から立ち上がった。そして女湯の方からは銀子の叫び声……。
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