〈混血の娘〉
切り立った崖、曲がりくねった山道を進み温泉街へと向かう一行。
徐々に卵の腐ったような硫黄のにおいが辺りから漂い始めた。道幅の狭い山道の先はひらけており視界が急に広くなる。
白い湯気がもくもくと出る温泉街に到着した。
「うわあ! 大きい街ですね」 正三は目を丸くして言う。
「でも活気がねえっスよ。ここにも化物が……」 助さんは辺りを見渡しながら言う。
「とにかく、街の中心まで行くでござる」
格さんを先頭に皆は進んで行った。
峠の村と同じくここも閑散としていた。
【生類憐れみの令】 の立て札が所々で目につく。
「どこも似たような風景なのだ。余は淋しいのだ」 ご隠居は俯きながら呟く。
銀子はご隠居の頭を撫であやす。
――「ここはやべえな…… 硫黄のにおいで鼻が麻痺しちまうよ」 トウイチは辺りのにおいを嗅ぐ仕草をしながら言った。
「あ! トウイチさんの 『臭せえな』 センサーですね! ここでは確かに……」 正三は自慢げに言う。
――「餓鬼だ!」
突然、人の声が響く。六名は皆、目を合わせ声の元へと走った。
そこには、長い白髪がほとんど抜け落ち、体は腐りドス黒く、腹だけぷっくらと出た老婆であろう化物がいた。
そして時遅く、声の主は、その化物に襲われていた。叫びとともに赤目へと変貌する声の主。
助さん格さんが同時に動いた!
「なれたもんだせ。心強ええや」 トウイチが言うと同時に化物は即座に倒れた。
「当たり前なのだ! 助と格は史上最強の殺人ましーんなのだ!」 ご隠居は腕を組みながら言う。助さん格さんは笑いながら首を横に振った。
――「うふふふ」
すると、その茶番劇を見て笑う娘が現れた。
――「かわいいな……」 正三は一撃で恋をしたようだ。
ご隠居も黒眼鏡を外して見ようとするが、銀子が視界を塞ぐ。
その娘は、どこか東洋人離れしている顔立ちの若い町娘であった。
「こんにちわ。面白い方々。しかもお強い」 若い町娘は丁寧に挨拶をした。
「ぼぼぼ、僕は正三! 化物共を倒しながら江戸に向かってるところで、この温泉に来ました!」 正三は緊張している。
「私、
「娘が一人でか?」 トウイチが問う。
皆が顔を合わせて杏音の方を向いた。
――「はい。私一人で、祖父の薬を買う為に来ました。安全な道があるんですよ」 杏音は笑顔で答える。
――「まあ! そんな事はどうでも良いのだ! 一緒に温泉へ行くのだ!」 ご隠居は嬉しそうに言う。銀子は悔しそうだ。
温泉街は閑散としているものの豪華な建物が多く、それだけでも気分は晴れそうであった。
「あそこがイイっス!」 助さんは遠慮なしに周りで一番大きな温泉宿を指差した。
建物を見た途端、杏音は、びっくりした表情をし両手で口を隠した。
「よいのだ! 全て余の奢りなのだ!」 ご隠居は杏音の肩をたたき言う。
「……でも、困りますよ」 杏音は迷っている。
「若けえ内は遠慮すんな。ありがとうって言っときゃいいんだよ。このオヤジ、金は腐るほどあるみてえだしよ」 トウイチは杏音に言う。
「……ありがとうございます。ではお言葉に甘えて」 ご隠居に感謝しつつ、杏音はトウイチを眺めた。
七人は豪華な温泉宿へと向かう。
しかし、全ての宿がそうであるように、この豪華な宿も堅く門は閉ざされていた。全ては、奴らの進入を防ぐため。客もおらず営業もしていないのであろう。
しかしそんな事はお構いなしのご隠居は、声を張り上げ力強く門を叩いた。
「ここを開けるのだ! ばか者! 余は温泉に入りたいのだ! 金ならあるのだ!」 まるで子供である。皆は父っちゃん坊やのかき鳴らす騒音で化物が集まるか心配になりながら周りを警戒する。異様な光景だ。
しばらくして重い門がゆっくりと少しだけ開いた。
中からは宿の女将が申し訳なさそうに暗い顔をしている。ご隠居が何かを言おうとした瞬間、とっさに正三が割って前へ行き女将と会話を始めた。
――一刻もしないうち女将は、できる限りの笑顔を見せ一行を渋々向かえいれた。
「何を話したのだ?」
「別に何も、普通にお願いしただけですよ」
「うむ。次からの交渉は、お前さんに任せるのだ」
一行は豪華な温泉宿へと入って行った。
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