――DAY XX――〈御触れ〉

 数日が過ぎ幾度か赤目の化物共と出くわしながらも江戸を目指す六人。

日がたつにつれ、出くわす化物の容姿も変わってきていた……。


髪は抜け落ち、体が腐る者。手がない者。足がない者。内臓が飛び出ている者。そして動物等も例外ではなかった……。


海岸で見たものは海坊主。川で見たものは河童。山で見たものは天狗。森や道で見たものは鬼や餓鬼。

 おとぎ話や童話、昔話の伝説が、あたかも事実であったかの如く、神や仏と崇める者。奇跡や、その対象として祀る者。何かにすがる人々も少なくはなかった。



 日出づる国は 【魑魅魍魎】 の世界へと徐々に変貌していた……。



――「あっ! 富士山が見えましたよ!」 正三が皆に伝える。


「少し休もうぜ」 トウイチが背伸びをしながら答える。


 すると、峠の村から人が走りながら一行に向かって来た。

「号外! 号外!」 飛脚が格さんに紙切れを渡し去って行った。


「なんでござる? ふむふむ 【生類憐れみの令】 人を襲う者、家畜を食う者、動物に小動物…… ――それらをする者は全て斬捨てよ。徳川将軍。でござる」


「ご馳走が食えなくなるっス」 助さんが残念そうに言う。


「賢明な判断なのだ」 ご隠居は、頷きながら言った。


「デタラメオヤジ、将軍と知り合いか?」 トウイチが問う。


「そんな事は、どうでもよいのだ! それより富士山といえば温泉! 温泉へ行くのだ!」 デタラメオヤジは答えた。


「だだだ! 駄目ですよ! ご隠居さん! 化物の群れが迫って来てるんですから!」

正三はマジかコイツと本音では言いたいようだ。


 駄々をこねるご隠居を銀子があやす。


「まあ、でも良いんじゃねえか? 温泉に浸かるだけなら」 トウイチは賛成ぎみだ。


「おお! 浪人よ、余は嬉しいぞ!」 ご隠居は銀子の胸に顔をうずめた。


「トウイチ殿もそう言うし、温泉へ行くでござる。正三殿」 格さんは言う。


「……分かりましたよ。温泉に浸かるだけですよ。急ぎましょう」 正三はため息混じりに答えた。


 峠の村は閑散としていた。普段であれば街道沿いの小さな宿場町として賑わいを見せているはずであろうが、店は閉まり、民家も戸を閉め切っていた。農作業をする村人の顔も正気がなくやつれきっていた。畑の少し先にはかなり大きく掘られた穴があり、中には化物の死体がゴロゴロと転がっていた。まだ動いている化物もいるが、自力では這い上がれない程の大きな穴だった。号外の紙切れが淋しく乾いた風に乗り辺りに舞っていた。


しばらく進むと街道に 【温泉街】 と書かれた古い立て札があり、その横には 〈鬼・餓鬼出没注意〉 と、殴り書きされた新しい立て札……


六人はその方向へと進んで行く。


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