〈愉快な仲間達〉

 丘を下ると港町方面、江戸方面の大きな街道に出た。

海に沿って美しい松並木が続いている。二人以外、人の気配は全くない。海鳥の鳴く声だけが聞こえてくる。江戸方面に延びた街道には土に染み込んだ血であろう黒いシミが点々と一直線に続いている……


「化物より先回りはしたと思うけど、この血は逃げた町の人達のかな……」 正三は後ろを見ながら江戸方面へと歩き出した。トウイチも仕込杖を突きながら並行して歩く。


――松並木の街道を黙々と歩いているとトウイチが急に立ち止まった。


「臭せえな……」


あわてて正三は体をにおい出した。

「昨日のまんまだし多少は――」 正三が苦笑いで答えていると街道の先から甲高い女性の悲鳴が聞こえた。


「トウイチさん! まさか化物が!」


 急ぎ向かった先には一軒の小さな茶屋があり数体の変わり果てた化物と数人が対峙していた。


「ご隠居! 下がるでござる。こやつら妙に変でござるぞ」


 その男は、屈強な体つきで右腕に鉄製のグローブを装着している。


「クスリでもやってんスか? 気が触れてるっス!」


 もう一方の男は長髪に端整な顔つきの男前で、刀が湾曲した大きな青竜刀を両腕で握り締めていた。


「銀子は隠れるのだ! 余は非常に憤怒しているのだ!」

 

 ご隠居と呼ばれたその老人は目がチカチカする程、派手な衣装を身にまとい黒く丸い眼鏡をかけている。


 悲鳴の主であろう花魁風のケバイ女、銀子は茶屋の奥にそそくさと隠れた。


「そいつらはもう人じゃない! 化物だ!」

 正三が叫ぶ。


「助さん! 格さん! 殺るのだ!」 ご隠居がそう指令すると、男前とゴザルは化物に向かって行った!


 男前助さんの青竜刀が化物の片腕を両断! ゴザル格さんの重い鉄製パンチが連続でヒット!

 しかし通常の賊共であれば尻尾を巻いて逃げ出すであろうが、数体の化物は無論、野獣の如く襲い掛かって来る。


助さん格さんは驚きの表情を見せるが、引き下がる事なく化物共と激しい攻防を繰り返す。


「むぐう! ええい! 下がるのだ! 下がるのだ!」 痺れを切らしたご隠居は声を張り上げ懐に手を入れ何かを取り出し叫んだ。


「この紋所が目に入らんのだ!」 辺りに堂々たる声がエコーする。


 一瞬、化物共が怯んだかのように見えた。そして何とも不思議な事は、薄暗い昼間ではあるが辺りが眩しく光った事である。


……が結局、効果一瞬。化物共は向かって来た。


「ヴェエ! ウソなのだ!」 ご隠居は茶屋の奥へ逃げた。


 そこへトウイチが遅れやって来る。


助さん格さんの脇をすり抜け仕込刀でバサバサと化物の首を刈っていく。


「按摩さんやるっスね!」


「盲目の剣客でござるか」


「頭だ! 化物の頭を攻撃するんだ!」

 正三が助さん、格さんに叫び伝える。


 即座に助さんの青竜刀が勢いよく化物の頭を半分に割る。脳ミソの塊が飛び出し血が噴き出る。そして格さんは力任せに化物の首をへし折った。顔が半回転したまま倒れこむ。


――たちまち辺りの化物共は全て動かなくなった。


 茶屋の奥から拍手が響き、銀子とイチャつきながらご隠居が出てきた。


「見事なのだ! やったのだ! 余に平伏すのだ! がはは!」


「デタラメなオヤジだせ」


「遊女かな……」


 化物の死体が転がる中、皆は茶屋の長椅子に腰掛けて互いの経緯を語り合う。


「ふむ。それでこの奇病は、その西洋人の陰謀によるものでござるな?」


「奴らに噛まれるとアウトって事スね」


「化物の群れが江戸に集まるのだ?」


「私達も江戸に向かってますし丁度良いでありんすえ」


「一刻も早く向かわないと、この街道に化物の群れが……」


「デタラメオヤジよう。あんた何で旅してんだ?」


「デッ! デタラメとは無礼でござる! この方は――」


「よいのだ! 格さん。余らは諸国豪遊の旅をしているだけなのだ! 助さん格さんは余の 【ぼでいがーど】 なのだ! 銀子は余の 【愛人】 なのだ! ガハハ!」


「デタラメだせ……」


「とにかく一緒に行きましょう! 江戸へ」


 トウイチと正三、その愉快な仲間達は茶屋を後にした。


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