〈赤目殺し〉

 夜更け。辺りはシーンと静まり返っている。


……徐々に少しづつメス猫の発情声か赤ん坊の泣き声の様な、そんな消え入りそうな声が外から響いてきた。


曖昧あいまいであったその声が明確に人の叫び声と分かった瞬間、ムクッと盲目の流者が起き上がった。その動きに合わせ正三もゆっくりと目を覚ます。


「……んん? 何だ?」 あくびをしながら呟く正三。


盲目の流者は長屋の引き戸を勢いよく開けた。外は真っ暗闇だが遠くで確かに人々の叫び声が聞こえている。

正三も眠い目をこすりながら外へ出た。


そして次の瞬間、正三の目をパッチリとさせる光景。


「按摩さん! 港の方から煙! 火事だ!」 長屋から港までは多少距離があるが、真っ暗闇の中、勢いよく燃える炎が揺らめいているのが分かった。急ぎ港へと向かう二人。


 風にのって煙のきな臭さが次第に濃くなってくる。人々の叫び声もボリュームを上げてきた。


「怨……怨霊! 化……化物! 妖……妖怪じゃあ! 赤目になって呪われよった!」 逃げ惑う人々。

「おい! みんな火を消さないと! 半鐘、鳴らさないと!」 火事とは逆方向へと逃げる人々に戸惑う正三。


 港付近の広い納屋が勢いよく燃えているのが見えてきた。


その周りに倒れこむ人々…… 

を喰らう赤い目の人々……?

女、子供を襲う……人? 


 正三は何が何だか分からないまま、とにかく、助けようと走りながら、そばにあった農具を手に持ち赤い目の人をぶっ叩いた。しかし反応がない。力強く二発三発続けるが倒れこむ事なく赤目は大声を上げ正三に襲い掛かって来た。正三は無我夢中で、そいつの腹めがけて農具を突き刺した。腹からは血が飛び散るが、赤目はゆっくり正三に近づいて来た。


「……こいつら化物だ。死霊に取り憑かれてる」 正三は後ずさりしながら呟く。


「正三!」 後方から遅れて来た盲目の流者の声がした。

 正三は盲目の流者の元へと走った。


「按摩さん! こいつら化物だ! 人を襲って喰って……。叩いても刺しても何ともねえ!」 返り血で放心状態の正三。


「正三、ここから動くんじゃねえぞ」


そう言うと盲目の流者は、おぼつかない足取りで杖を持ち化物の方へ歩いて行った。


「だめだ按摩さん! 喰われちまう!」


 轟々と燃える港。炎の津波が迫る中、盲目の流者と化物が近接した……


「ぐうう、あああ」―― 化物の口が盲目の流者の首筋めがけ動いたその時……



 ズバッ!――――



 刹那! まさに電光石火の如く、手に持つ杖が刃物へと変わっていた。化物の首が、くるくる宙へと舞う。


――「臭せえなあ」


 ドンと鈍い音を出し化物の首が地面に転がる。と同時に体もバタンと倒れピクリとも動かなくなった。


「……按摩さん。ななな、何者ですか?」 正三は目を丸くしている。



「めくらの流者…… ザ・トウイチってもんよ」 トウイチは静かに答えた。



「……」 


 そしてトウイチは近くにいた数人の化物の首を造作もなく刎ねていった。


しかし周りの叫び、悲鳴は鳴り止まない。化物に噛まれた者達が瞬時に赤い目の化物になる連鎖が続いていた。


「正三! 退却だ。きりがねえ」

正三は首を縦に振った。


二人は悔しながらも混沌と化した港町を出る……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る