〈感染〉
――港付近・納屋
檻に入った、どうべるまんを、やっとこさ港から移動し終えた役人達は、そのとても広い納屋で一息ついていた。かび臭い室内には大きな木箱や樽、布などが均一に所狭しと並べられている。
「水とエサを持ってまいれ。何なら獣医も。明日になっても犬がこのザマだと身動きがとれぬわ」 初老の役人はそう言いながら、どうべるまんをやさしく撫でた……。
――その瞬間どうべるまんが牙をむき出し初老の役人の手を激しく噛んだ。
「はううっ! こいつめ! ワシを噛みおったぞ!」 初老の役人の手からはポタポタと血が垂れている。
「ははは、その方も獣医が必要じゃのう」
壮年の役人が、からかう。
――そうこうしている内に、すっかりと日も暮れ辺りが暗くなった頃……
「遅くなったのう。獣医を連れて来たぞ」 明かりのない真っ暗な広い納屋。かび臭さが一段と鼻につく。そして奥の方から、ガン! ガン! と、何かがしきりに鉄にぶつかる音……。
「おーい。どうした。明かりも点けんと」
すると先に、どうべるまんに手を噛まれた初老の役人が仰向けで倒れていた。
「おい! どうした!」 慌てて駆け寄る。
激しい全身痙攣、顔は熟れ過ぎて腐る寸前のトマトの様である。あまりの異常事態に凍りつく壮年の役人。
荒すぎる息なのか叫びなのか分からないまま目は上を向き、とうとう初老の役人は舌を出し血を大量に吐いてピタリとも動かなくなった……
獣医は初老の役人の目を開き、首筋に指をあてて残念そうに首を横に振った。
「犬は……?」
壮年の役人が檻に提灯の光をあてると狂ったように暴れ回る、どうべるまんの姿。
今この納屋で正常ではなく、とてつもなく異常な事態が起こっている。と言う他にない例えだった。
「ひひー!」
突然、獣医が悲鳴を上げる。
なんとそこには、死んだはずの初老の役人が獣医を襲っていたのだ。
獣医の血が激しく四方に飛び散る。
あまりの悲惨な光景に手が震え提灯を落とす壮年の役人……
――正三宅・長屋
「ははは」
ぼろぼろの本や筆が散らばった狭い長屋に二人の笑い声が響く。
盲目の流者は手探りで辺りの散らかった状況を確認しながら言った。
「正三、一人者か?」
「両親は僕が小さい時に山賊に襲われて死んじまった。彼女もいないよ」 淋しそうに答えた。
「そうか、すまん。すまん」 慌てて盲目の流者は謝った。
「大丈夫ですよ。僕なんて勉強する位しか楽しみが無いんですから」 正三は言う。
「お前さん程の頭があれば将来楽しみだよ。頑張んな! ノーフューチャー!」
ははは 二人は楽しくふざけ合う。
そんな会話がしばらく続き二人に、あくびが出始めた。
「按摩さん、もう遅いから泊まって下さい」 正三は眠そうに言う。
「悪りいねえ正三。按摩だけに肩とかアソコは、こってねえかい? マッサージするゼ。ケケケ」 盲目の流者は不敵な笑みを浮かべた。
「ややや! やめて下さいよ!」
二人はバタンと床に就いた。
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