023 『涼ヶ峰姉妹のキャンプ④』
その後、
反対に僕は軽く湯船で身体を温めてから、すぐに上がった(夏場なのでずっと湯船に浸かっているのは暑かった)。
脱衣所で髪を乾かしてから外に出ると、
「おや、
僕も「菘もな」と相槌を打ちながら同じくコーヒー牛乳を購入する。
紙パックの自販機ってこういう所くらいにしか置いてないよなぁ、なーんて考えながら菘と近くの椅子に腰掛けた。
「父様はサウナですか?」
「うん」
頷いてから、コーヒー牛乳を半分くらい一気に飲み干す。
くー、効くぜ!
「
「姉さんと母様は、長風呂サキュバスですから」
まあ、これは知っている。大体キャンプの時に一緒にお風呂に来ると、芹と
昔僕がまだ小さかった頃、
芹も芹でやたらと長風呂だし、確かに菘の言う通り二人は長風呂サキュバスだ。
……これ、事実をそのまま述べただけじゃん。
「それと湊さん」
僕はもう二口くらいコーヒー牛乳を飲んでから、「何だ?」と聞き返した。
「お風呂上がりで血液がドロドロになっていますので、もっと水分を取ってください」
飲んでるのに言われた。でもなんかそれは間違ってる気もする。
「いや、お風呂に入ったらなんかサラサラになるんじゃね? 身体も熱いし、血行がいい感じもするぞ」
「お風呂に浸かりますと発汗量が増え、血液の粘度は逆に上がるんですよ。大体40度のお湯に10分浸かると、500cc程度の水分が失われると言われています」
「となると、ペットボトル一本分は水分が無くなってるわけか」
「なのでもっと飲んだ方がいいですし、出来ることなら入浴中も飲んだ方がいいですよ」
あ、だから
僕はもう一口コーヒー牛乳を口に含む。最初の一気飲みが効いたのか、ズズズっという音と共にカラになってしまった。
……ふむ、先程のペットボトル一本分の水分がなくなっていると聞いた手前、もう少し飲んだ方がいい気もする。
実際まだ喉は乾いているし。
財布を片手に僕はもう一度自販機の前に立つ。
「私はイチゴ牛乳がいいですね」
いつの間にか隣に立っていた菘がイチゴ牛乳のボタンを押そうと構えていた。
どう見ても勝手に押すつもりだ。
「あのな、僕が飲むんだぞ」
「半分出すので半分ください」
ふむ、少し考える。
まあ確かに全部は多いよなぁ。今コーヒー牛乳飲んだし。
うん、悪くない提案だ。
「その提案を受けよう」
「では五十円をどうぞ」
手を出したら、十円玉を四枚と一円玉を十枚渡された(ちなみに値段は一つ百円なのでちゃんと半分だ)。
「おいなんでこんなに細かいんだよ、せめて十円玉五枚にしろよ」
「一円ってなんか使い辛くありませんか?」
「分からなくはないが、この場を使って使おうとするなよ」
「
「そんな四文字熟語はこの世に存在しない」
……芹だったら、『イチゴ牛乳だけに』とかドヤ顔して言っただろうな……菘はそれを言わないだけマシか。
僕はため息を吐きつつ、一円玉を十枚財布にしまい(自販機は一円玉が使えないので)、残りの四十円に手持ちの六十円をプラスして、菘の望み通りイチゴ牛乳を購入した。
ガタンと音を立てて落ちてきたイチゴ牛乳を取り出し、菘に手渡した。
「ほら、先飲んでいいから」
「ではお言葉に甘えて」
菘は紙パックにストローをさして、イチゴ牛乳を飲む。
「全部飲むなよ」
「イチゴ牛乳に使われている合成着色料コチニールを知っていますか?」
唐突に菘はそんな話をし始めた。
「そんなもの知るわけないだろ」
「イチゴ牛乳のピンク色を出すために使われている着色料です」
「かき氷のシロップの青一号とかそんなのか?」
菘は「そうです」と頷く。
「で、それがなんだって言うんだよ?」
「コチニールは何を使ってあの色を出していると思いますか?」
「……まさか、血とか言わないだろうな?」
「おや、湊さん近いですよ」
……冗談のつもりだったのだけれど、近いだって?
嫌な予感しかしない。
「正解を教えてましょうか?」
僕は歯切れ悪く「一応」と答えた。
「コチニールの原材料は虫です」
「……なんだって?」
なーんか、よくない言葉が聞こえたなぁ。多分気のせいだよなぁ。うん、絶対そうだ。気のせい、気のせい。
「カイガラムシという虫の血肉を使った着色料ですよ」
気のせいじゃなかった。虫って思い切り言ってるし、その名前まで言いやがった。
僕はイチゴ牛乳のパッケージをマジマジと見る。なんか、気分悪くなってきた……。
だが、菘はそんな僕の心境なんかお構いなしにイチゴ牛乳を飲み続ける。
「しかも天然素材なので着色料にしては珍しく健康的です」
「精神的には悪いわ!」
確かに食べれる虫がいるのは知ってるし、YouTubeでニコールキッドマンが虫を食べている動画も見たことがある。
だが、それとこれとは話が別だ!
僕は虫は嫌いじゃないし、子供の頃はカブトムシを捕まえるのに精を出したりしたけれど、食べたり飲んだりするのは無理だ!
気持ち悪い! 虫さんごめん!
「さて、半分くらい飲んだのでどうぞ」
「…………」
僕は小声で「全部飲んでいいよ」とその申し出を断ったのだった。
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