020 『涼ヶ峰姉妹のキャンプ①』

「湊くん、お手洗いに行きたくなったら遠慮しないですぐに言ってねっ」


「あ、今は大丈夫です」


 七月下旬の土曜日。

 僕はファミリーカーの後部座席に座っていた。

 キャンプに行くためである。


 車は蘿蔔すずしろさんが運転しており、助手席にはなずなさん。

 そして僕の右隣には芹(寝てる)、左隣には菘が乗っており、なんか人外に囲まれた形になっている。

 車は現在高速を走っており、窓からは代わり映えしない殺風景が見える。


「湊くんも来年は免許証を取ったらどうだい?」


 窓の外を見ていると、蘿蔔すずしろさんがバックミラー越しに話しかけてきた。


「考えてはいます」


「それで、昼間からお酒を飲むつもりでしょ?」


「おや、バレてしまったか」


 なずなさんに咎められた蘿蔔すずしろさんは、悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 それを見て、菘が溜息をついた。


「湊さんは20歳になってもお酒なんて飲まないでくださいね」


「なんでだよ?」


「アルコールを飲むと血中濃度が上がり、血液の味が変わってしまいますので」


「血液がアルコール入りになるってわけか……」


「その通りです、中にはこの飲み方が好きな吸血鬼もいるらしいですが、湊さんの血液はストレートに限りますっ」


 なんだろう、吸血鬼界隈って本当に謎だ。


「すずちゃん、あんまり湊くんに迷惑をかけちゃダメだよ?」


 こちらの会話を聞いていたのか、なずなさんがシート越しに菘に注意してきた。


「大丈夫ですよ母様、人の血液といいますのは12%程度なら身体の外に出ても問題はありません。それに血液の量だけなら、水分を含めば短時間で回復しますので」


 確かに『量』は数時間で回復するが、成分は全て回復するにはもう少しかかる。

 具体的には、血漿けっしょう成分が約2日、血小板けっしょうばん成分が約5日、赤血球が三週間だ(全部菘に教わった)。

 逆に、菘の弁明と言ってもいいのか分からない解説を聞いたなずなさんは、ため息をついた。


「もうっ、私はそういう事を言ってるんじゃなくてですね––––血液が欲しいからと言って、湊くんに催促してはいけませんと言ってるんです」


「いや、僕は大丈夫ですよ」


 僕は一応菘を庇う。なずなさんの前ではいい格好をしたい僕である。


「ダメですよ、湊くん。そうやって甘やかすと吸血鬼という人達はもう本当にいっつもちゅーちゅー、ちゅーちゅーするんですから」


 となずなさんは運転席の方に視線を向ける。

 蘿蔔すずしろさんはちょっとだけ、目を泳がせていた。


「ち、違うんだよ、なっちゃん。吸血鬼にとっての吸血というのは愛情表現みたいなもので––––」


「では、サキュバスにおける愛情表現もしましょうか?」


 なずなさんはにこやかに笑っていた。反対にバックミラーに映る蘿蔔すずしろさんの顔は汗タラタラだった。

 サキュバスにおける愛情表現––––というか、なずなさんが怒った時にすること。

 それはひたすら絞られるらしい。

 まあ絞られると言っても精液をではなく、叱られると言う意味での絞られるだ。


 もうひたすらにこやかに、クドクドクドクドあの調子で怒られるらしい。

 普通に考えたら大したことないように思えるが、蘿蔔すずしろさん曰く「あの笑顔が逆に怖い」だそうだ。

 逆らえない怖さがあるらしい。

 涼ヶ峰りょうがみね夫婦の力関係がとてもよく分かる話である。

 なので僕は、なずなさんを絶対に怒らせないようにしている。


 ところでそろそろ右肩が限界だ。

 芹がずっと頭を乗せて寝ているからである。おまけに寄りかかるように体重まで乗せて来ており、正直キツい。


「姉さん、起きませんね」


「そろそろ起きて欲しいんだけどな」


「起こしても怒らないと思いますよ」


 僕はスヤスヤと眠る芹の顔を見る。

 なんか、すっごい安心した顔をしている。

 ……まあ、もう少し寝かせておいてやるか。


「寝る子は育つって言うし、起きるまで待つよ」


 僕がそう言うと、菘は何故か芹の胸元を見た。

 その視線を追うと、シートベルトが芹の大きな胸に挟まりパイスラしていた。

 しかも車体が揺れるたびに、胸も揺れていた。もうぶるんぶるんって感じだ。

 ……寝る子は育つ。間違いではないな、うん。


 その後、菘も「着いたら起こしてください」と言って寝たのは言うまでもない。

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