018 『涼ヶ峰親子のテント』

 テスト休み期間中の土曜日。

 僕は蘿蔔すずしろさんに連れられて、キャンプ用品を売っているお店を訪れていた。

 なんでも新しくテントを買い直すらしくて、その荷物持ち兼相談相手として僕が抜擢された。

 そしてその蘿蔔すずしろさんは、現在馴染みの店員さんとキャンプトークで盛り上がっており、僕は少し離れた所で店内を物色していた。


「見て、あの寝袋二人用よ––––カップル向きって書いてあるわ」


「切り離して一人用としても使えるな」


「なるほど、ケンカしてからの仲直りエッチを想定してるのね」


「…………」


 ちなみに芹もいる。

 暇だからという理由で着いてきた。


「というか、夏場にくっ付かれたら暑いからやめろよ」


「汗だく屋外エッチを楽しめるわね」


「いやテントなんだから、屋内みたいなものなんじゃないか?」


「そういうものなの?」


「プライベートな空間ではあるだろ」


「なら、カーセックスの亜種みたいな感じかしら……」


 そう呟く芹を無視して、僕はテントを見て回る。

 最近のテントはやたらと種類が多く、ワンタッチで設営出来るのもある。

 なんか、こういうのを見るとテンション上がってくる。


「すごいな、これなんか三秒でテントを張れるって書いてあるぞ」


「まるで朝の湊くんね」


「そのテントじゃない」


 と否定した所で、蘿蔔すずしろさんがこちらに歩み寄ってきた。


「どうだい湊くん、何かいいのはあったかな?」


 僕は今見つけた三秒で張れるというテントを指差した。


「これ、ワンタッチで設営出来るそうですよ」


「ほう、それはすごいな……」


 蘿蔔すずしろさんは興味深そうにテントの中を覗き込んだ。


「防水だし、広さもある……強度も十分そうだな……」


「でも、本当に新しく買う必要があるんですか?」


 実際、蘿蔔すずしろさんはテントを二つ持っており(どちらも五万以上するとてもいいやつだ)、僕個人としては買う必要は無いと正直思っていたりする。


「なあに、君へのプレゼントみたいなものだと思ってくれたまえ」


 僕は意味が分からずに首をかしげた。


「どういうことです?」


「ほら、湊くんはもうすぐ誕生日だったろう?」


 もうすぐって言っても、一ヶ月ちょい先だけど(ちなみに九月だ)。


「私からの少し早い誕生日プレゼントというわけさ」


「いやでも、テントって高いものですし……」


「なーに気にするな、普段から娘達も君の世話になっているしな」


 蘿蔔すずしろさんはそう言ってウインクをして見せた。カッコいい大人のウインクだ。なんかハリウッドスターみたいだ。


「それとも別のものが良かったかい?」


「あっ、いえ、テント欲しいです!」


 ……白状しよう。僕はキャンプ大好きのキャンプ人間なのである。

 テントなんか見てるだけで楽しいし、寝袋は時々意味もなく入っていたりするくらいだし、部屋の間接照明はランタンだったりもする。

 なんか、今更な告白をしてしまった。


「どうする? コレにするかい?」


「あ、いや……ちょっと待ってください」


 正直、三秒で設営出来るテントに興味はあったが、自分のテントとなると話は別だ。

 僕はテントを設営する時間が好きなのだ。

 分かりやすく言うと、魚が釣れなくても釣りをしているという時間を楽しむ感覚に似ているかもしれない。


「私はコレがいいわ」


 芹は謎に七万もするテントを指差していた。大体四人用くらいの大きさのコットンテントで、有名ブランドのやつだ。

 コットン100%なのに防水でしかも品質も良くて、うわっ、フロワは強化防水シートまである!

 しかもフレームは車のボディにも使われてるような、頑丈な鋼鉄じゃないか!

 なんだこれ! 僕の理想を形にしたようなテントじゃないか!

 めちゃくちゃいいぞ、これ!

 ……でも高すぎる。ダメだ。


「ほう、やはりコレか」


 蘿蔔すずしろさんはニヤリと笑った。


「いやでもこれは––––」


「値段のことなら気にするな、同じキャンパーとして、あんなに輝くような目でテントを見ていたら、つい買ってあげたくなってしまうものだ」


「……そんな目で見てた?」


 と僕は芹に尋ねる。芹は短く「見てた」と答えた。


「どうする? コレにするかね?」


「……いいんですか?」


 蘿蔔すずしろさんは「もちろん」と頷いてみせた。


「じゃあ、コレでお願いします!」


「ふむ、ではまずは在庫を確認してみよう」


 そう言って、蘿蔔すずしろさんは店員さんの方へと歩いて行った。


「よかったわね」


「ああ……」


 未だになんか実感がわかずに、僕は曖昧な返事を返した。


「私のおかげね」


 まあ、芹が指をささなかったら値段がネックになり、僕は言い出し辛くなっていたことだろう。


「でもなんで僕がコレを気にいると思ったんだ?」


 芹は「そんなの簡単よ」と大きな胸を張る(もちろん揺れた)。


「何年一緒にいると思ってるのよ、湊くんの好きなものくらい分かるわ」


 ……なんだろう、自分を理解してもらえているというのは嬉しい反面、ちょっとこそばゆい。


「ちなみに巨乳が好きなのもしってるわ」


 な、なななんでそれを! ……じゃなくて、もっ、もちろんそんなことはない! 断じてない!

 だから当然否定する。


「……事実無根だ」


 すると芹はニヤリと笑った。


「スマホの画像フォルダ」


「……なんでお前が僕のフォルダの中身を把握してるんだよ」


 もちろんスマホにロックはかけてある。

 ちなみに僕の画像フォルダに巨乳画像なんてないし、検索履歴に『巨乳』というワードも存在しない。

 というか、芹は嘘を言っているし、今のは芹の妄言であり、空想だ。


「指紋認証ってダメよね、鍵が常に側にあるんだもの」


 芹はゆっくりと僕の右手に視線を移した。

 こ、こいつ! まさか僕が寝ている間に僕の指を使ってロックを解除しやがったのか!

 プライバシーの侵害じゃないか!


「でも一番驚いたのは、私の名前の付いたフォ––––」


「お前は何を言っているんだ、そんなものはこの世に存在しない」


 芹の言葉を途中で遮り、僕は言い訳……じゃなくて、事実を述べた。


「たまに送っていた自撮りのセクシー画像が全部保存されてて、ちょっと嬉しかったわ」


 そう、芹はちょくちょく自撮り画像を送ってくる。やたらと胸を強調したやつを。

 芹はニヤニヤしながら、自身のスマホを操作しだし、数秒後僕のスマホが軽く振動した。

 スマホの画面を見ると、芹から画像が送信されていた。


「どうかしら? 三秒でテント張れたかしら?」


「……ノーコメントだ」


 なんか、また一つ芹に弱味を握られた。




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