017 『涼ヶ峰菘の補講』

 僕たちの通っている紅白高校のテスト休みは、土日を挟んで11日もある。

 これはもはや、実質夏休みと言ってもいいレベルだ。

 だけどテスト休みとは言いつつも、中にはテスト休みではなく––––補講期間になっている生徒も僅かながら存在する。


 それは、涼ヶ峰りょうがみね姉妹の妹の方、涼ヶ峰りょうがみねすずなのことである。


「吸血鬼には学問は必要ありません」


「こういう時だけ吸血鬼になるなよ」


「うっ、わずらわしい太陽め」


「はいはい、早く帰りましょうねー」


 なんて会話をしながら、補講帰りの菘と学校を出る。

 僕は学校に用事があったので(11連休はあまりにも暇なので図書室で本を借りた)、補講があった菘の待ち合わせをして一緒に下校中ってわけだ。


「それで、補講ってどの教科がダメだったんだよ」


「5教科全てです」


「へー、多いな……って、5教科全て⁉︎」


 驚愕する僕に対し菘は、「はい、全てです」と頷いた。

 菘は去年も補講を受けていたため、僕と一緒で苦手教科でもあるのかなー、なーんて思っていたのだけれど、勉強が苦手って感じだった。

 あれ、でも待てよ。


「中学の頃は結構出来てたじゃないか」


 菘は中学の頃はせりほどではないが、それなりには出来ていた記憶がある。

 赤点を取ったことはないし、点数も割と良かったような気がする。


「それが高校になって急に難しくなりました……」


「それは分かる」


 特に数学な、数学。


「あとは中学の頃は姉さんに勉強を教わっていましたで」


「今は教わってないのか?」


「時々教わってはいますが、その……」


 菘は少し言いずらそうに言葉を飲み込む。


「なんだ?」


 僕が尋ねると、小さな声で菘は呟いた。


「……あの胸に目が行き、勉強に集中出来なくなるので最近は教わっていません」


「ちょー分かる」


 そう、芹はあらゆる動作をするたびに胸が揺れるのだ。

 はっきり言って呼吸をしてるだけでも揺れており、目に毒だ。


「なので高校に入ってからは自分でやっているのですが、このザマです……」


 そう言って、菘はしょんぼりと肩を落とした。


「まあ、僕も今回は芹に教わったからなんとかなったけど––––もしも教わらなかったら数学は確実に赤点だったし」


「そうなのですか?」


「ああ、ここだけの話……分数の割り算がよく分からない」


 正直、この話をしたらバカにされると思って自嘲気味に言ったのだけれど、菘の反応は予想外のものであった。


「分かります! それ!」


 なんと菘はテンション高めに同意してきた。


「『1/2÷1/2』の答えが『1』になるのはどう考えてもおかしいですよ! 『1/2』を『1/2』にするのですから、答えは『1/4』でなくてはおかしいです!」


「だよな! 数学って絶対に間違ってるよな!」


 ……こいつ、分かってやがるぜ!


「それに、どうして数学なのにアルファベットを使っているんですか! まずは数学なのか、英語なのかハッキリして欲しいですよ!」


「その通りだ、『数学』という授業名を銘打めいうっていながら、アルファベットを出すのは卑怯だ」


「しかも時々、アルファベットではない変な記号も出てくるではありませんか、それでよく数学と名乗れますねっ」


「それには激しく同意するな」


『∮』とか『∬』意味不明だ。


「なので数学は問題を出す前に自分自身を見つめ直し、まずは己の『数学』という学問における問題点を片付けるべきだと思います」


「そうだな、数学は自分を見失ってるよ」


 こんな感じで数学への悪口はやたらと弾む中、菘は「そういえば」と、何かを思い出したように話題の転換を図る。


「なんだ?」


「脳の血行を促進させると、脳が活性化すると言われているんですよ」


「それはつまり、頭が良くなるってことか?」


「記憶力がアップしたり、学習能力が上がるとされています」


「なんだそれ、めちゃくちゃいいことずくめじゃないか」


「なので血液をください」


「人の血を使って頭に血を巡らそうとするな、奇策過ぎるだろ」


 むしろ巡らしたのは策と言うべきだろうか。


「なるほど、吸血鬼だけに鬼の策と書いて鬼策きさくというわけですね」


 ……ある意味脳の血行が促進した。

 頭に血が上るという意味で。




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