016 『涼ヶ峰芹の映画②』

 芹はエンドロールまでしっかり見てから(いつもはほとんど見ない)、「良かったわ……」とうっとりとした顔で呟いた。

 僕もわりかし同意見なので、「そうだな」と頷いた。


 その後、近くのスタバに入る。軽い軽食とコーヒーを買い、手頃な席に腰掛ける。

 芹は未だに、ポワンとしているご様子だ。


「おーい、お芹さーん」


「その呼び方は歳を取ってからにしてちょうだい」


 おばあちゃんみたいな名前だわ、と芹は不満を口にする。


「いい映画だったな」


「そうね、今までの中で一番と言ってもいいくらい良かったわ」


 Blu-rayが出たら絶対に買うわと、芹は満足気に頷いた。


「芹は結構映画が好きだよな」


「そうかしら? 意識したことはなかったけれど……」


「月に二、三本目は見てるだろ?」


「湊くんだって見てるじゃない」


「芹が誘うからだろ」


「じゃあ、映画を見るのは嫌いなの?」


 僕は少し考えてから、「そう言われると、むしろ好きな方だと思う」と答えた。

 芹も「私もよ」と同意する。


「さっき湊くんに『好きなの?』って聞かれて、始めて自分が映画を好きなんだなと認知したわ」


「案外、こういうのって誰かに指摘されないと気が付かないものなのかもな〜」


「まあ、世の中言わなきゃ分からないことも多いものよね」


「だなぁ」


 そう相づちを打つと、芹は自身のカップを持ち上げてみせた。


「ちなみに、スタバのお姉さんは私が可愛いって分かってるみたいよ」


 カップには、『可愛い私服ですね♡』と書かれていた。スタバでよくある落書きってやつだ。


「良かったじゃないか、褒められて」


「私が可愛いのは当然よ」


 そう言って芹は大きな胸を張った(もちろん揺れた)。


「自分で言うなよ……」


 自己陶酔じことうすい––––いや、芹の場合は、自己胸酔じこきょうすいとでも言っておこうか。


「じゃあ、『え〜全然そんなことないですよぉ〜』とか言った方が良かったかしら?」


 芹はかなりワザとらしく、甘ったるい声を出した。


「なんかムカつく」


「でしょ?」


「……まあ、僕も可愛いとは思うよ」


「…………」


 芹は何故かジト目でこちらを見る。

 恒例の顔文字で表すと『(,,廿_廿,,)』これだ。


「なんだよ?」


「そういうのは、来た時に言って欲しかったわ……」


 芹は少し残念そうにため息をついた。


「いや、その時も可愛いなとは思ったけど遅刻してきたじゃないか」


「はあ? そう思ったなら素直にその時そう言いなさいよ! それを言って欲しかったから時間かかっちゃったのに……」


「……うん? それって……」


 芹は「しまった」という表情を浮かべていた。どこか目も泳いでいる気もする。

 まさか。


「……洋服選びに二時間もかけたって言うのか?」


「……ちっ、違うわ……そう、違うの。ちょっと、その……ノーパンで行くかどうか悩んでしまっただけなのよ!」


 なんてバレバレな嘘なのだろうと思った。というか、嘘をつくにしてもそのチョイスはどうなんだ?

 まあ、とにかく。


「分かりきった嘘をつくのはやめろ」


「嘘じゃないわ、もうノーパン状態の興奮で下着がベチョベチョよ」


「……ノーパンなのに、下着がベチョベチョなんだな?」


「……あっ」


 その後、芹は観念したのか「……そっ、そうよ、準備に二時間かかっちゃったのよ……悪い?」と開き直ってきた。

 初めからそう言えっての。


「流石に服を選ぶのに二時間は時間かけ過ぎだと思うぞ」


 僕なんて、一分もかからなかったからな。


「正確には、シャワーをしたり、お化粧をしたり、ヘアメイクをしたりとかで、二時間よ」


「なんでそんなに時間かけるんだよ?」


「……わっ、私だって女の子なんだから、好きな人に可愛いって思われたかったりするのよっ」


「……あ、そっ、そうか……」


 僕は自分の顔が熱くなるのを感じ、俯いてしまった。

 こうやって面と向かって好意をアピールされるのは、ちょっと照れくさい。


 でもなんだろう。

 そうやって恥ずかしがる芹は、とても可愛く見えた。

 恥ずかしいからこれは絶対言わないけど。

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