015 『涼ヶ峰芹の映画①』

涼ヶ峰りょうがみねせり、参上」


「2時間遅刻しておいて、よくそのセリフを選ぶ気になったな」


「えっ、世界一可愛い? ありがとう知ってるわ」


「…………」


 こっちの話を聞いちゃいねぇ。

 ただ本人がそう言うだけの事はあり、今日の芹はとてもセンスのいい服を着ていた。

 ベージュ色のフリルブラウスに、ネイビーカラーのフレアスカートを合わせている。

 何処かの誰かとは違い、センスのいい母親の血をちゃんと受け継いだらしい。


 今日は平日だが、テスト休みで学校はお休みである。なので、僕は以前芹と約束をした映画を見るため映画館に来ていた。

 しかも待ち合わせをして、だ。まあ芹と出かける時はいつもの事だけど。


 家が隣同士なのだから「一緒に行けばいいだろ?」と僕は提案したのだが––––芹は何故か待ち合わせがいいと言って譲らない。


 その結果、芹の2時間遅刻である。本来なら10時に待ち合わせして、映画を見てから軽くお昼を食べるはずだったのに、もうお昼の時間だ。


「それで、なんで遅刻したんだ?」


「10時には起きたのよ」


 それは起きる時間ではなく、待ち合わせの時間だ。

 それはともかく。


「じゃあ、なんで遅刻したんだよ……」


「女の子には色々あるのよ」


 そう言って芹は、スマホのインカメラで前髪を直し始めた。遅刻しておいてこの態度は、流石の僕もカチンと来る。


「もっと明確に理由を言えよ」


「嫌よ、絶対に後悔するわよ」


「するわけないだろ、早く言え」


「もしもの時に備えて、ムダ毛処理をしていたわ」


「……なんか、ごめん」


 これ、本当に聞いちゃいけないやつだった(もしもの時とやらはともかくとして)。

 そうだよなぁ、女の子ならそういうのもあるよなぁ。これは全面的に僕が悪かったと思う。


「と言うのは建前で、ムダ毛処理は昨日済ませておいたわ」


「おい!」


 ……あれ? でもそうなると、遅刻した理由は別にあるって事か。

 でもなぁ、それを聞いてまた言いにくい理由だった時のことを考えると……うん、聞かない方が良さそうだ。


「ほら、早く行きましょう」


「はいはい」


 僕は芹に促され映画館に入る––––と同時に、微かな空腹感を感じた。


「その前に昼飯食べようぜ、お腹減っちゃったよ」


「なら、映画を見ながら食べればいいじゃない。遅れたお詫びにポップコーンくらいなら奢るわよ」


「なるほど賢い」


 ここで、芹はあるパネルに目を止めた。映画の宣伝パネルのようだ。タイトルは––––『サキュバス・デッド・オア・ラブ』と書いてある。

 芹はそのパネルを指差した。


「これが見たいわ」


「別にいいぞ」


 元々芹のポイントのおかげでタダで見れるのだから、断る理由もない。

 チケット売り場の方にある大きなモニターでその映画の上映予定を見ると––––待ち時間は二十分くらいだったし。

 でもちょっと意外だった。


「まさか、タイトルにサキュバスってあるから見たいのか?」


「そうよ、悪い?」


「いいや、悪くはないさ」


「こういうのって、つい見たくなっちゃうものなのよ」


「そんなものなのか?」


「例えるなら、海外のチームでプレイしてる日本人選手の試合は、なんか見たくなる感じかしら」


「おお、すっげー分かりやすい」


 そんな会話をしながら、僕達はチケットとポップコーンを買い、指定された座席––––というか、カップルシートに腰掛けた。


「なんでカップルシートなんだよ」


「いいじゃない、リラックス出来るし、広いし、イチャイチャ出来るわよ」


 イチャイチはともかくとして……カップルシートは、普通の座席よりも座り心地の良さそうな椅子になっており、広さも十分にある。


「まあ、そんな必要も無かったかもしれないわね。ほぼ貸し切りみたいなものだし」


「確かにな」


 映画は公開されてからしばらく経っているのか、人気が無いからなのかは分からないが、劇場には人数は少なかった(もしかしたら平日だからかもしれない)。

 だからだろうか、劇場とスクリーンが大きいだけで自宅で見ているような気分になる。


「これだと、『見られちゃうかも』みたいなドキドキ感はあまり味わえないわね」


「はいはい、ポップコーン食べるからな」


 僕は芹の発言を軽くスルーしてポップコーンを摘む。塩味が効いていて美味しい。


 そして数分後、上映が開始された。


 映画の内容は、少し変わったラブロマンスだった。

 主人公の男性とサキュバスの女性が恋をする物語なのだが、そのサキュバスと性行為をすると、相手は死んでしまう。

 男性はすごく悩むが、最終的にはそのサキュバスと結ばれ、そして命を落とす––––。

 そんな感じの物語だった。


 芹は最初、僕の腕にしがみついたり、僕の手を握ってみたり、僕に胸を押し付けたりしていたのだが––––途中からは黙って映画を見るようになった。


 その横顔は、怖いくらい綺麗に思えた。

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