014『涼ヶ峰芹のテスト勉強』

 6月の最終日の夜。

 もうすぐ日付が変わりそうな時刻、僕は机に向かってノートにペンを走らせていた。

 明日から期末テストだからである。

 もちろん、一夜漬けというわけでは無いし、普段から真面目に勉強はしてはいる。


 おそらくだけど、普通にそこそこの点数は取れるとは思う。


 だが前回、一部の教科を除いてかなり成績が悪かったため(芹が悪い)、その挽回をするためにはそこそこの点数ではマズイ。特に苦手教科はとてもマズイ。

 なので、こうして勉強をしている次第だ。教師付きで。


「湊くん、いい点を取れたらおっぱいを揉ませてあげるわよ」


「じゃあ、今揉んでもいい?」


「いいわよ」


「……って言うから、芹の場合プレミア感なくない?」


「それもそうね……じゃあ、いい点が取れたらちんちんを揉んであげるわ」


「それセクハラだからね」


 というわけで、本日の講師は芹先生です。

 なんだかんだ言って、頭のいい芹に勉強を教わるのがいい点を取る近道だと思ったのだけれど––––なんか、間違えた気がする。


 今日の芹は気合いを入れるためか、雰囲気作りのつもりなのか知らないが、赤い伊達メガネをかけており、とてもセクシーな感じだ。

 それに服装も、いつものスケスケネグリジェではなく––––モコモコのパーカーをシャツの上から羽織り、ゆったりとしたロングパンツをダラっと穿いている。

 なんだろう……こっちの方が逆に魅力的に見える。


「それで? 英語は結構出来るのよね」


 僕は「まあな」と前回のテストを芹に見せる。僕は英語だけは出来る方で、点数も86点を取っていた。


「なら、英語は大丈夫そうね。それで苦手なのは––––数学と」


 僕は今度は前回の数学のテストを見せた。点数は聞くな。


「27点ね」


 言われてしまった。当然、赤点だった。

 期末テストは赤点を取ると、テスト終わりに補講を受ける必要があり、それは絶対に避けたいところだ。

 芹は僕のテストを見ながら、問題点を指摘する。


「計算ミスが多いって言うより根本的な理解力が足りてないわね」


「面目ないです」


 正直に言って、数学という学問は何を言っているのかさっぱり分からない。

 なんで『1/2÷1/2』の答えが『1』なんだよ、どう考えたって『1/4』だろ。『1/2』を『1/2』にするのだから、答えは『1/4』に決まってるだろ。


「まあ大丈夫、私に任せて」


 そう言って芹は大きな胸を張った(同時に揺れた)。


「任せてって言うけど、具体的にはどうするんだ?」


 僕がそう尋ねると、芹は意外な方法を提案してきた。


「暗記よ」


「暗記? 数学でか?」


 芹は「そうよ」と自信ありげに、参考書を開く。


「理解力が足りない以上、そこに急場しのぎの付け焼き刃をしても意味はないわ。まずは理解するのを諦めなさい。どーせ、分数の割り算もよく分かってないんでしょ?」


 痛い所を突いてくる。その通り。よく分かってない。


「あんなのは理解しようとするんじゃなくて、ただ『ひっくり返してかける』とだけ覚えておけばいいの––––いい、理解するのを諦めなさい」


「つまり、計算方法––––公式を暗記しろって言うのか?」


 芹は「その通りよ」と頷く。


「湊くんは暗記は得意な方なんだから、とにかく公式を覚えて、どの問題でどの公式を使うかを反復練習で覚えるのよ。公式の暗記なら出来るでしょ?」


 なるほど、と思った。理解ではなく、暗記か。それなら僕にも出来そうだし、僕向きな勉強法とも言える。

 でも疑問が一つある。


「ところで、お前どうしたんだ?」


「どうしたって、何がよ?」


「なんでそんな真面目なんだ?」


 いつもならこんな感じに真面目に教えてくれないし、それどころか誘惑しようとしてくる。

 まあこうやって真面目に勉強を教えてくれるのが僕の望んでいたことなので、悪くはないのだけれど。

 だからこそ、いつも通りではない芹に疑問を覚えた。


「……その、前回湊くんの点数が悪かったのって、私のせいかもって……ほら、勉強の邪魔しちゃったし」


 芹は少しバツが悪そうに小声で呟いた。


「……まあ、そうだな」


「だから今回は頼まれたってのもあるし……ちゃんと教えてあげようって思ったの」


「気にしてたってことか?」


 芹はコクリと頷いた。

 なるほど、こいつなりに反省してるってことか。

 ただ点数が悪かった理由は、もう一つある。そしてそれは、僕が悪い。


「いやまあ、芹が来た時に僕も一緒にゲームしてたし……おあいこって感じじゃないのか?」


 反省している芹が自分を責めている感じがしたので、少しだけフォローしておく。

 が、これがいけなかった。


「そうっ? なら私は全然悪くないわね」


「お前、代わりに身早すぎない⁉︎」


 芹は先程までの態度とはうって変わり、いつもの調子に戻る。


「今日のお礼は精液でいいわよ、量はペットボトルのキャップに入るくらいでいいわ」


「妙にリアリティーのある量を言うなよ!」


「もちろん……もろチン生搾り、直飲みでも良いわよ」


「いい直さない方が絶対によかったからな」


「湊くん、明日テストなのよ? 口じゃなくて、手を動かした方がいいわよ」


「お前のせいだろ!」


「それとも私が湊くんの手の代わりに、お口でしてあげましょうか?」


「お前は自分の手を下品なその口に突っ込め!」


 なーんてやり取りをしつつも、僕は公式を暗記しながら例題の問題を解く。

 ……うん、やっぱりこのやり方は僕に合っているようで、スラスラ解けるぞ。


「調子良さそうね」


「ああ、かなりやりやすくなった」


 芹は机の横にまとめてある前回のテスト用紙に視線を向ける。


「他のテストも見ていいかしら?」


「うーん、良くはないかな」


 流石に僕も点数を見られるのは恥ずかしい。特に前回のテストは出来が悪いし。


「私なら数学みたいに、どこがどうダメなのか指摘出来るわよ」


「それは悪くないかも」


 現に僕の数学のレベルは、芹のおかげで格段にレベルアップしている。


「じゃあ頼むよ」


 芹は「分かったわ」とテスト用紙に手を伸ばし、僕のテスト結果を見始めた。


「ふーん、まあまあって所ね」


「そうか?」


「ええ、思ってたよりはマシって感じ……ぷっ」


 芹は喋っている途中で、何故か吹き出すように笑った。


「おい、人のテスト結果見て笑うなよ」


 どーせ、あまりにも点数が低くて笑ったとかだろう。

 しかしそれは見当違いであり、芹は一枚のテストを渡してきた。

 教科は保健体育。

 点数は––––100点。


「いやーん、湊くんのえっちー」


「保健体育で満点取ったからって、エッチだとは限らないだろ!」


 というわけで、僕は保健体育がとても得意である。元々暗記系が得意というのもあるが、菘の血漿けっしょうの解説とか、身体の機能に関する説明がとても役立っていた。


 特に血の働きについては、もう教科書を見る必要がないレベルだ。

 菘の身体に対する認識の深さは、僕も見習うべき点がある。


「へー、湊くんって女体に詳しいのね」


「いや、それはテストの問題だろ」


「私の体のこと、知り尽くしてるのね」


「お前だけ詳しいみたいに言うな」


「はっ、まさか私の知らない間に別の子と⁉︎」


「んなわけねーだろ!」


「童貞チェック入りまーす」


 芹は突然、僕の股間付近に顔を近づけて来た。

 僕は急いで地面を蹴り、椅子の滑車を使って芹から離れる。


「何してんだよ⁉︎」


「何って、童貞チェックよ」


「だから、その童貞チェックって何なんだよ⁉︎」


「アレよ、サキュバス的なアレによるアレで、なんかアレって感じよ」


 前に芹の言動はアレだと称したが、まさかアレを多用してくるとは思わなかった。

 というか、日本語としておかしいし、意味不明だ。


「すまん、サキュバス的なアレってなんだ?」


「簡単に言うと、股間に顔を近付けて恥ずかしがったら童貞よ」


 それ、多分みんな恥ずかしがると思うんだけどな……はっ、それはまさか僕が童貞だからか⁉︎

 だから、恥ずかしいのか⁉︎


「うん、その反応を見るに童貞ね。安心したわ」


「……いやまあ、童貞ですけど」


 今更なこともあり、素直に白状する僕だった。

 って、こんな話をしている場合じゃない! 明日––––というか、いつのまにか日付変わってるから、今日はもうテストなんだぞ!

 急いで勉強に戻らないと。


 じゃないと、童貞を卒業する前に高校を卒業出来なくなる。まじで。



 後日、僕は何だかんだありつつも、芹のおかげでそこそこの好成績を収めることが出来た。

 中には満点を取った教科もあった。

 ただ、僕はその満点のテストを芹には絶対に見せるつもりはない。

 また「いやーん、湊くんのえっちー」と、からかわれるのが目に見えているから。

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