012 『涼ヶ峰親子のピクニック①』

みなとさん、血がドロドロです」


 土曜の朝一番、久々にすずなに血液を与えた直後、唐突に健康診断的なことを言われた。


「まじで?」


「はい、まじです。最近は暑いからと言って、少し運動不足気味なのではないでしょうか?」


 そう言われたら、そんな気もする。学校の体育以外で運動することなんてないし、菘が言った通り最近は暑いので、どうしてもクーラーの効いた室内で過ごすことが増えているのは事実だ。


「なので、おいっちにーに行きましょう」


「は、なんて?」


「おいっちにーです」


 初めて聞く単語だ。


「すまん、そのおいっちにーって何なんだ?」


「おいっちにー、さんしー、ごーろく、しーちはち、ですよ」


「運動する時の掛け声かよ!」


「他に何があると言うのですか?」


 菘はキョトンと首を傾げた。僕は改めて、こいつのセンスの独特さを思い知った。

 ……まあ要するに、おいっちにーとは運動って意味なのだろう。


「で、運動するのは分かったけどさ、具体的には何をするんだ?」


「バミトントンなどはどうでしょうか?」


「バドミントンな」


「言いづらくありませんか? バドミントンって」


「とりあえず、新しい日本語を作るのをやめろ」


 そんなわけで。


 僕は菘と一緒に、近くにある総合公園にやってきた。

 この総合公園は広々とした芝生のスペースが中央にあり、他にもプールとか、テニスコートなどもあったりする。

 今回は中央の芝生の上で、菘命名のバミトントン––––もとい、バドミントンで汗を流すってわけだ。


 週末で天気もいいため結構人は居るが、二人でバドミントンをするくらいなら気にはならない人数だ。


「よし、この辺でやるか」


 僕はラケットとシャトルを片手に構え、菘に声をかけた––––つもりだったが、近くに菘は居なかった。

 辺りをキョロキョロと見渡すと、菘は木陰にレジャーシートを敷いて––––なんと、本を読んでいるではないか。


「なんでだよ⁉︎」


 僕は一人でツッコミを入れてから(つい、口から出てしまった)、小走りで菘の元に向かう。


「おい、なんで本なんか読んでるんだよ⁉︎」


「こんな暑い日差しの中運動したら日焼けしてしまいます。私はこれでも肌が弱い方なので、日焼けをしますとヒリヒリしちゃいます」


「でも、バドミントンやろうって言ったのは菘だろ?」


「私はやるとは言っていません」


「…………」


 僕は自身の記憶を辿ってみる。うん、確かに言ってはいなかった(ほぼ屁理屈に近いけど)。

 それによく見ると、菘の格好は先日買ったワンピースであり、靴もヒールのあるパンプスを履いている。とても運動するような格好とは思えない(こいつはTPOを知らないのか?)。まあ、似合ってはいるけどね。


「じゃあ、僕は一人でシャトルリフティングでもしてろって言うのか?」


「ちゃんと、相手は呼んでいますよ」


 その発言の真意を探ろうと僕は辺りを見渡した。

 すると、遠くの方からこちらに歩み寄ってくる黒髪の女性を見つけた。

 芹––––じゃない、なずなさんだ!


「やっほー、すずちゃん、それに湊くんっ」


「あっ、こ、こんにちは」


 なんか、すごいオシャレな人がやってきた。

 ボーダーのシャツの上からデニムのジャケットを羽織り、ベージュのロングスカートを合わせている。そして、動きやすいように足元はスニーカーを履いている。

 誰かさんの親とは思えないセンスの良さを感じる(TPOも完璧だ)。


「本日はピクニックにお招きいただき、ありがとうございますっ」


 僕が「ピクニック?」と首を傾げると、なずなさんは手に持っているバスケットを持ち上げて見せた。


僭越せんえつながら、サンドイッチなどを用意してきましたっ」


「あ、ありがとうございます……」


 なずなせんは「いえいえっ」とにこやかに微笑み、バスケットをレジャーシートの上に置いた。

 僕はその隙に、菘に向かって「どういうことだよ?」と、なずなさんに聞こえないように小声で尋ねる。


「運動をしたらお腹が減ると思いましたので」


「いや、だからってなずなさんに迷惑かけるなよ」


「私は全然迷惑じゃありませんよっ」


 と、なずなさんが弾むような声で会話に割り込んできた。どうやら聞こえてしまっていたらしい。

 そして、僕が持っているラケットとシャトルに視線を移した。


「あらあらっ、バミトントンですか?」


 なんだろう、菘がそう言うとイラってするのに、なずなさんが言うとほんわりとする。ギャップ萌えってやつだろうか。


「菘とやろうと思ったんですけど、やらないって言うんですよ」


「なら、私とやりましょうかっ」


 僕は菘に「計ったな」と目で訴える。


「そうしてもらってはどうですか? 私はこの靴で運動は無理ですし……」


 菘は無表情でそう言ったが、口元だけは「計画通り」って感じで広角が少し上がっていた。

 仕方ない、その申し出を断るわけにはいかないし、運動をしに来たのは本当だからな。

 僕はなずなさんに、「お願いします」とラケットを渡した。


「ふふっ、お手柔らかにお願いしますね」


「あっ、は、はいっ」


 こうして僕は、何故かなずなさんとバミトントンもとい、バドミントンをやることになってしまった。

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