011 『涼ヶ峰芹の写生』

 僕は美術の授業の一環で、学校内を散策していた。

 写生をするためである。

 何となく簡単な対象物かつ、人が少なそうな所がいいと思い––––焼却炉付近の風景を描くことにした。

 一緒に付いてきた芹は、焼却炉を見て声をかけてきた。


「焼却炉を書くつもりなのかしら?」


「簡単そうだし」


「なら、私もそうするわ」


 芹はそう言ってブルーシートを広げ、その上に座った。


「なんでそんなもの持ってるんだよ……」


「青姦しないの? ブルーシートだけに」


「するわけないし、面白くもないぞ」


「あら、昔から青姦の時はブルーシートを敷くって決まりがあるのよ」


「That's Bullshit(嘘をつくな)」


「ダメよ、そんな汚い言葉を使っちゃ」


 どう考えても、芹の方が汚い言葉を連呼してると思うけどなぁ。しかしそこに触れると話がややこしくなりそうだからスルーだ。

 というか、ギャグをスルーされたのがとても辛い。良いと思ったんだけどな……。


「とりあえず座ったら?」


 芹はポンポンとブルーシートを叩いた。まあ、断る理由もないか。


「お邪魔します」


 僕は芹の隣に座り、画用紙と画材道具を取り出し、下書きを始めることにした。

 芹も同じように、画用紙にペンを走らせる。


「いい天気ね」


「少し暑いけどな」


「私、こういうの結構好きよ」


「僕も」


 たわいのない会話をしながら、画用紙に焼却炉と辺りの風景を書き込んでいく。

 別に僕は絵を描くのが上手いわけでも、好きなわけでもないが––––勉強以外のことを学校でやるのは好きなので、わりかし楽しかったりもする。

 ふと、芹が僕の下書きした絵を隣から覗き込んで来た。


「へー、湊くん上手に射精出来てるじゃない」


「今絶対、違う方の写生を思い浮かべたな」


 芹は「さあ、なんのことかしら」と下手なとぼけ方をした。


「それにしても、湊くんって早いほうなのね」


「下書きはな」


「結構薄いのね」


「下書きだからな」


「今私ノーパンよ」


「ちょ、おまっ……!」


 驚いた表情を浮かべる僕に対し、芹はクスリと笑ってから「冗談よ」と僕のおデコを叩いた。


「あのな、頼むから黙ってしてくれ」


「そうね、声が出ちゃうと周りの人に気付かれちゃうものね」


「別にやましい事をしてるわけじゃないから、気付かれても平気だ」


「そうね、人けのない所で仲良くシートに寄り添って座りながら、イチャイチャしてるだけよね」


「イチャイチャはしてないだろ」


「ペチャクチャの間違いだったわ」


「あっそ……」


 ここで、芹は「そういえば……」とカバンから何かのカードみたいな物を取り出した。


「なんだそれは?」


「映画館のポイントカードよ」


「そういえば、いつも芹は出してたな」


 僕はあんまり財布がかさばるのが嫌で、こういうポイントカードみたいなのは貰わないようにしているのだが、芹は結構持っていたりする。


「それでそれがどうしたんだ?」


「溜まったから映画館が一本無料になるのよ、一緒にどうかしら?」


「いいぞ」


「私が見る映画選んでもいいかしら?」


「まあ、いいけど」


 芹のポイントで無料になるのだから、拒否する理由もない。

 僕は下書きを大胆終えたので、色を塗ろうと色鉛筆に手を伸ばしたが、その時に芹とぶつかってしまった。


「あっ……」


「悪い、大丈夫か?」


「大丈夫よ、ただポイントカードを落としてしまったわ」


 と芹は胸を指差した。落としてしまったポイントカードが胸の上に乗っている。


「まさに、ボインとカードね」


「上手い、座布団一枚」


 僕が褒めると、芹は妙に嬉しそうに笑う。


「今のは自分でも上手いと思ったわ」


「自画自賛かよ」


「最初はパイキャッチが浮かんだのだけれど、ポイントカードを胸に落とした所がヒントになって、閃いたわ」


「解説しなくていい」


 芹は結構冗談を口にする方だが、当たり外れが多い。めちゃくちゃ上手い時もあるが、微妙な時にも多い。

 冗談が好きなのは分かるが、少しは控えて欲しいと思うこともあるにはある––––特にテスト前とかね。


 芹はポイントカードをお財布にしまってから、今度はスマホを取り出し、映画のタイトルをいくつか見せてきた。


「これなんか、どう?」


「僕はなんでもいいぞ」


「じゃあ、濡れ場がある映画に––––」


「よし、一緒に選ぼうじゃないか」


 芹に選ばせたら、ロクなことにならないのだけは分かった。

 結局、あーでもない、こーでもないという会話の後、クレヨンしんちゃんの映画を見ることに決まった。


「『る』って文字ってさ」


「『る』がどうしたのよ」


 僕は画用紙の左端に、『る』と書いた。そして分かりやすいように、色鉛筆で色を入れる。ちなみに使った色は黄色と赤と肌色だ。


「横向いて笑ってるしんちゃんに似てない? 幼稚園の帽子を被ってる時の」


「……ふふっ、確かに似てるわね。やるじゃない」


「いやぁ、それほどでも〜」


「似てないわ」


「悪かったな!」


 ここで、僕は残り時間が気になりスマホで時計を確認する––––あんまり時間ない……。

 やばい、芹と喋り過ぎてしまったので写生が全然進んでない。

 逆に芹は喋っている間もちゃんと手を動かし続けていたので、割と描けている(しかも普通に上手い)。


「湊くん、早く射精しないと時間なくなっちゃうわよ」


「分かってる」


「ほら早く射精して」


「だから分かってる」


「…………」


 芹は何故か、ぶすーっとした表情でこちらを見つめている。


「……なんだよ」


「EDなの?」


「なんでそうなるんだよ⁉︎」


「だって、射精って連呼してるのに無反応だったし」


「すまん、今のは普通に絵を描く方の写生だと思ってた」


 芹は不満そうに「……まあいいわ」と唇を尖らせる。


「それで? 私は終わったけど、終わりそうなの?」


「多分間に合うと思う」


 実際、後は周囲に色を入れて全体を整えたら完成だ。簡単な題材を選んだのはやはりいい判断だったと思う。

 僕は急ピッチで絵を描き上げ、ちょうど完成したあたりでチャイムが鳴った。


 その後、僕たちは美術室に戻り先生に絵を提出したのだけれど––––先生は僕の絵を見るなり、「これは何?」と左下を指差した。


 ……しんちゃん消すの忘れてた。

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