008 『涼ヶ峰菘のお出かけ②』


 というわけで、昼食。

 場所は先程の黒い洋館から少し歩いた場所にある、またまた洋館である。

 建物は二階建てであり、外を見れば手入れの行き届いた庭が見える。

 そして中身はレストランとなっている。

 店の名前は、『泡沫うたかたのディーヴァ』。意味は……えーと、確か『消えやすく儚い歌姫』だったかな。

 前にすずなは、『泡沫ノ歌姫』の方がカッコいいと言っていた。確かにそっちの方が語呂はいいとは思う。


 この辺はやたらとこういう雰囲気のある洋館が多く、その大体が何かしらかのお店をやっていたりする(店名も大体こんな感じ)。

 思うに、もともとは何かのテーマパークだったものを再利用してるんじゃないかと僕は考えている。多分だけどね。

 そんな事を考えているうちに、僕の目の前には分厚いステーキが運ばれてきた。


「さあ、モリモリ食べて、モリモリ血を作ってください」


 いや、まあうん。多分昼食を奢ってくれるってくれるって聞いた時から、こんな感じのものを食べさせられるんだろうなー、とは思っていたので特に驚きはない。

 ナイフでステーキを一口サイズに切り、頬張る。


「あっつ!」


「気をつけてくださいね」


 結構お腹が減っていたため、思わずがっついてしまったのがまずかった。

 舌を火傷してしまったかもしれない。

 まあ、ステーキは美味しいから良しとしておこう。

 ステーキを食べている本当の理由は、血を作るためだということから目を逸らしつつ。


 ふと僕は、先日芹が言っていた事を思いだした。

 自分はサキュバスと吸血鬼のハーフだから、血液も飲めるはず––––みたいな話だ。

 ならば、それは菘も一緒なのではないだろうか?


「なあ、菘も精液飲みたかったりするの?」


 菘は飲んでいたジュースを吹き出した。


「な、ななな! なんて事を聞いてるんですか⁉︎」


「あ、いやこの前芹が血液を飲みたいって言ってた––––みたいな話したろ?」


 菘はナプキンでこぼしたジュースを拭きなら、「あぁ、その話ですか」と呟いた。


「確かに私も半分はサキュバスですが、やはり血液の方が飲みたいと感じますよ」


「じゃあ、やっぱり芹がおかしいのか?」


「姉さんは多分、別の理由で血液を飲もうとしたのだと思いますよ」


「どんな理由だ?」


 菘はステーキを口にしてから、さり気無い感じで、


「吸血鬼にとっての吸血って、性行為みたいなものなんですよ」


「ぶっ––––––––‼︎」


 今度は僕が吹き出す番になった。

 じゃあ、あの時芹が少しあがっていたのはそれが理由だったのか……。

 いや、でもちょっと待て! 僕は目の前の菘に何回も血を吸われている––––ってことは。


「僕と菘は、そういうことをしたってことに……なるのか?」


「そうですね、私は吸血処女卒業済みになりますね」


 あっさり言いやがった。しかも新しい感じのバージンロストだ。


「じゃあ、僕は吸血童貞卒業済みって事になるのか?」


「そうなりますね」


 なにこの素人童貞卒業の新バージョン的なやつ。でも(牙を)入れられるのは僕なんだから、逆なんじゃ……。

 いや、深く考えるのはよそう。


「ただこれは迷信でして、姉さんくらいしか信じてないですよ。現に私にはそういう感覚は無いですし」


「……そうか」


 何故か少し残念な気分になったが、血を吸われるたびに性行為をしていると言われてもピンと来ないのは確かだ。

 ドキドキはするけどね。


「姉さんは意外とピュアな所がありますので、こういうの信じやすいんですよ」


「芹がピュアとは思えないけどな……」


 でも芹のあの反応もというのなら納得もいく。

 なんだ、可愛いところもあるじゃないか。


「唐突ですが、みなとさんは正直姉さんのことどう思ってますか?」


 菘は割と真剣な表情で尋ねてきた。


「どうって……」


 僕は返答に困って口ごもってしまった。


「あ、いえ、好きとか嫌いとかではなく––––ほら、姉さんって妹の私が言うのもどうかと思うのですが……その、言動がアレじゃないですか」


「……確かに」


 うん、芹の言動はアレだ。もうなんか、変態を通り越してる。


「なので、そのことをうとましく思ってたりはしませんか?」


「そんなことはないよ」


 僕は即答で答えた。


「確かに芹の言動はアレだけど、話してる分には楽しいし、これは芹には内緒だけど––––夜中に遊びに来てくれるのも嫌ってわけじゃないよ」


 これは偽りのない僕の本心であり、別に菘が芹の妹だから気を使って言っているわけではない。

 僕の返答を聞いて、菘は「良かったです」と微笑んだ。


「姉さんは、言動はアレですけど、素直で一途な人なので、これからもどうか……その、見捨てないでやってくださいね」


 僕は苦笑いをしながら、「分かった」と答えた。

 なんだかんだで姉思いの妹である。いや、姉よりもしっかりとしたいい妹である。


「とりあえず、風邪引いてるんだろ? 帰りにお見舞いに行くよ」


「なら、出かける前に言伝を預かってきましたので伝えますね––––」


 その言伝とやらは、相変わらずの変態ぶりだった。

 もう十八禁というより、発禁だった。

 なのでその内容は秘密だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る