007 『涼ヶ峰菘のお出かけ①』
六月の上旬、土曜日。
僕は
その理由は菘が、
「そろそろ、夏物のお洋服が欲しいです」
と言うものだから、それに付いて来た形になる––––代打で。
本来なら
まあ、僕も服を見るのは好きな方だし、他の人の買い物に付き合うのも嫌な方ではないので、別に嫌々来ているわけでもない。
それに、買い物に付き合ったお駄賃として菘がお昼を奢ってくれるらしいしね。
「やっと着きました」
と、菘は服屋店というよりかは––––黒い洋館と言ってもいい立物の前で足を止めた。
ここが今回の目的地でもあるお洋服屋さんである(ちなみに来るのは五回目くらいだ)。
お店の名前は、『BLACK PROOF OF EXISTENCE』。
意味は直訳で黒の存在証明。黒の存在証明と言うだけはあり、黒い服をやたらと扱っているお店で、それにちょっと独特なセンスをした服が多い。
具体的には、厨二っぽい服ばっか売っている。
現に今日の菘の格好は、やたらと黒いフリルの付いたドレスみたいな服だったりする。
こういう服は大体、着ると浮いてしまうものだけれど––––菘が着ると妙に似合うから困る。
流石は夜の眷属である。
でも、暑くないのだろうか? 日差し対策のため長袖なのは分かるが、絶対に暑いと思う。
ただ、本人は汗一つかかずに涼しい顔をしているので余計な気遣いなのかもしれない。
「ほら湊さん、早く行きましょう」
「急かすなって」
手を引かれながら、店内に入る。
相変わらずの黒い店内には、黒い服ばかり置かれている。
こういう服は値段が結構するものだと思っていたが、ここの服はリーズナブルな物もある。
聞いた話によると、安い生地を使うことによって、値段を抑えているらしい(代わりに、着心地は悪いとか)。
まあ、高いのもちゃんとあるにはある。
現に菘が今来ている服もここで買っていたが、全部合わせて三万ちょっとしていた。
店内を見ていると、菘がアクセサリーコーナーのショーケース前で足を止めた。
「湊さん、これ、これ見てくださいっ」
菘が指差したアクセサリーを見ると、『†』な感じのシルバーアクセだった。
「まーた、十字架かよ」
「知らないんですか? 吸血鬼は十字架とシルバーに弱いんですよ」
「そういう弱いだとは知らなかった」
弱いの意味が違う。苦手じゃなくて、欲しくなっちゃうという意味での『弱い』だ。
菘は早速、馴染みの店員さん(今日は魔女みたいな格好をしている)に声をかけ、アクセを試着させてもらっていた。
「これは、吸血鬼の血が騒ぎますね」
「はいはい……」
「どうですか? 似合ってますか?」
「似合ってる、似合ってる」
僕の曖昧な返答を聞いて、菘は少し唇を尖られた。
「もっとちゃんと答えてくださいっ」
「菘はなんでも似合うから心配するな」
「……あ、ありがとうございます」
菘は少し嬉しそうにはにかんだ。
まあ、僕も服とか褒められたら嬉しいしな。そうだ、ならついでにアレも褒めておくか。
「中二の頃に付けていた眼帯も似合ってたぞ」
「そっ、それは、もう忘れてくださいっ!」
珍しく菘が動揺している。まあ確信犯だけどね。
当時の菘は今とは大分違くて、もう厨二病末期患者だった。
何かのアニメか小説に影響されたのかは知らないが、
「ククク……我は古来から一万年の時を生きる吸血鬼の末裔––––涼ヶ峰菘とは仮の姿––––我真名は、『シャルロット・ツィーレ・ヴィル・アビスナイツ』」
って、感じだった。
でもこれ、ヘンテコな名前の真名とやら以外嘘は言ってないから、ちょっと困ったりもしていた(ちなみに、芹はこれを聞くたびに吹き出すように笑っていた)。
今は服装だけに落ち着いてきたものの––––僕は芹からの情報で、自分の部屋でこっそり『シャルロット・ツィーレ・ヴィル・アビスナイツ』になっているのを知っている。
「なあ、シャルロット・ツィーレ・ヴィル・アビスナイツ」
「……そんな人は知りません」
菘はぷいっとそっぽを向いてしまった。
仕方ない……からかうのはこの辺にしておこう。機嫌を損ねてしまい、お昼ご飯を奢ってもらえなくなったら嫌だし。
菘はその後、店内を三十分くらい物色した後に何着かの服を試着させてもらい––––涼しげなワンピースを購入した(もちろん『†』も買っていた)。
そして、すぐにそのワンピースに着替えた。
長袖ではあるものの、袖の所がシースルーになっており、先程の服に比べたら絶対に涼しそうだ。
「やっぱりさっきの服は暑かったから着替えたのか?」
しかし僕の予想は外れ、菘は首を横に振った。
「違いますよ」
そもそも先程の服はああ見えて夏用で結構涼しいんですよ––––と菘は付け加えた。
「そうなのか?」
「ええ、湊さんも着てみますか?」
「なんでそうなるんだよ⁉︎」
「涼しさを体感するには着てみるのが一番かと思いまして」
僕にそんな服が似合うわけないだろ。そもそも、女物の服を着る趣味なんてものが僕の中にあるわけがない。
「じゃあ、なんですぐに着替えたんだよ」
菘はにこっと笑い、
「私も女の子なのでっ」
と楽しそうに言ってから、少し早足で歩き出した。
「あ、おい、待ってくれよ!」
「早く来ないと、お昼ご飯を奢ってあげませんよー」
僕は急ぎ足でその背中を追う。まあ何はともあれ、やっとご飯である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます