006 『涼ヶ峰芹の交渉術』

 いつも通り夜這いに来た芹と、いつも通りゲームに興じていると、芹は突然ボソリと呟いた。


「私も血液を飲んでみようかしら……」


「はあ? お前は吸血鬼じゃなくて、サキュバスだろ?」


「まあ、そうなんだけど……」


 私って一応半分は吸血鬼なのよね––––と、芹は口にした。

 そういえばそうだった。芹と菘はサキュバスと吸血鬼のハーフだった。二人ともそれぞれ精液と血液を求めてくるため、ついつい忘れてしまう。


「なら時々、血液を飲みたいって思ったりするのか?」


 芹は首を横に振る(同時に胸も揺れた)。


「全然ないわ」


「なら太陽とか、ニンニクに弱いとか……」


「どちらにしろ、お父さんの娘だからあまり関係ないと思うわ」


 こちらも、そういえばそうだった。二人の父親は、吸血鬼界隈でも有名な高位の吸血鬼だった。

 でも、吸血鬼とサキュバスのハーフって一体何なのだろう?

 サキュヴァイア? 吸血ヴァス? 吸血淫魔とか?

 分からない。


「まあ私は半分吸血鬼とはいえ、間違いなくサキュバスだと思うわ」


「それは一体どこで判断したんだ? 外見からじゃ、全然分からないぞ」


 はっきり言って、芹の外見的特徴は人間と変わらない。

 アニメとか小説でよくあるような、羽根が生えてたりとか悪魔みたいな尻尾が付いてたりはしない。

 そして、それは妹の菘も同様だ。

 二人とも見た目はまんま人間であり、普通に学校に通い、普通に市役所に住民票がある。

 外見的な特徴で、二人をサキュバス、吸血鬼と判断するのは不可能だ。


「分かりやすく言うと、血液を飲みたいのが吸血鬼、精液をごっくんしたいのがサキュバスよ」


「すっげー分かりやすいけど、もっと努力して欲しかったな」


「じゃあ、私は湊くんの精液をごっくんしたいからサキュバスなのよ」


「さっきと全然内容が変わってないけど、意味は分かった」


「じゃあ、生まれたままの姿になってベッドへ行きましょう」


「意味は分かったけど、同意はしてないぞ」


 芹は「ちっ……」と舌打ちをした。

 というか、生まれたままの姿とか言っているが、芹はすでにほぼ生まれたままの姿に近い。

 むしろ中途半端に隠れている分、生まれたままの姿よりエロい。


「でもこうやって精液をねだっても、誘惑しても拒否されるじゃない?」


「うん、まぁ……」


「血液は拒否しないじゃない」


 ……確かにしない。倫理観の問題かもしれない。


「だから、血液を飲みたいと?」


「それもあるけど、もしも血液も美味しく飲めるのだとしたら、将来的には上の口からは血液を、下の口からは精液を飲めるようになるわ」


「おい、まずはその下品な口を閉じろ」


 なんか、サキュバスと吸血鬼のハーフだからこそ可能なとんでも案が飛び出してきた。

 色んな意味で絞りとられカラカラになってしまいそうである。


「あとは、すずちゃんが美味しいって絶賛する血液の味にも多少は興味があるわ」


 精液との違いも気になるしね––––と芹は付け加えた。


「いや、そりゃ違うに決まってるだろ」


「多分、前でするのと後ろでするのくらいの違いだと思うのよ」


「……すまん、その例えはまじやめて」


 こいつは息を吐くように下ネタを言いやがる。むしろ、ただ下ネタを言いたいだけかと疑いたくもなる。


「じゃあ、湊くんにも分かりやすく言うわ。普通にイクのと、前立腺でイクくらいの違いよ」


「分かりたくはないね!」


「大丈夫、私に任せて。湊くんを新しい道へと案内するわ」


「行かねーよ! No wayだよ!」


 道だけに!


「なら、友達に自慢出来るわよ」


「友達おらんわ!」


 お前のせいでな!

 逆に友達がいたとして、『俺昨日前立腺イキしたんだぜ!』って自慢すんのかよ!

 エロを覚えたての中学生だって言わねーぞそんなこと!


「ほら、初めて精通した時の感動を思い出しなさい」


「思い出したくないことを思い出させるな……」


 ノーコメントだ。この件に関する僕のコメントはノーコメントだ。

 芹が全部悪い。


「まあ正直に白状すると、トコロテンとやらの味も気になるわ」


「…………」


 もうさ、こいつ絶対に上から下までサキュバスだと思うんだよね。見た目も中身もサキュバス一色だと思うんだよね。

 エロいからサキュバス––––ってのも偏見かもだけどさ。


「ほら、早く私にトコロテンを飲ませるか、血液を飲ませるか選びなさい」


「…………」


 なんだろう、この『一万円貸して!』の後に、『じゃあ、千円だけ!』みたいな感じ。

 妙に『じゃあ千円なら……』と貸してしまいそうな感じ。

 ……まあ、菘に血液を吸わせておいて、芹にはあげない––––なんておかしいもんな。

 飲ませてやるか。


「じゃあ、血液を一滴だけならいいぞ」


「……むぅ」


 せっかく飲ませてやると言ったのに、芹は僕のことをジト目で見ていた。

 顔文字で例えるなら、『(,,廿_廿,,)』こうだ。


「なんだその目は、何が不満なんだ?」


「だって、精液はあれだけ拒否するのに、血液はすぐにオーケーを出すのね––––この血乱けつらん野郎」


「新しい罵倒の言葉を作るなよ!」


「そうやって誰構わずに血を吸わせるんでしょ、この血乱野郎」


「んなわけあるか!」


「すぐに許可したじゃない」


「それは、芹だから……」


「……あ、そ、そう……」


 芹は何故か頬を赤らめ俯いた。認めたくないけど、その表情はすごく可愛い。

 こうやってしおらしくしてれば、僕だって少しはその気になるのに……って、何考えてるんだ僕は!


「……とにかく、やるなら早くしろ。明日も学校あるし」


「……うん」


 芹はゆっくりと僕に近付いてきた。


「じゃあ、そ、その……ギュってするね?」


「何でそんなぎこちないんだよ……」


「だっ、だって、初めて……なのよ」


「血を吸うのは、な!」


 僕がそう言うと、芹はムッとした表情を浮かべた。


「ちょっと、もう少し雰囲気を大事にしなさいよ!」


「はあ? 血を吸うのに雰囲気もないだろ?」


「……もうっ、いいから黙っててっ」


 芹は勢いよくそう言って、僕をベッドに押し倒し、上から覆い被さるように抱き付いてきた。

 な、なんだこれ、めっちゃいい匂いするし、めっちゃ柔らかいし、頭がクラクラする。


「じゃ、じゃあ……吸うから……ジッとしててね」


「あ、あぁ」


 芹が僕の頭の後ろに手を回し、顔を近付けてくる。

 艶のある長い黒髪に血色のいい肌、長いまつ毛に潤んだ唇。

 普段の言動がアレなので、あまり意識していなかったが、改めて芹の顔をまじまじと見るとめちゃくちゃ可愛かった。


 芹が近付いてくるにつれて、僕は恥ずかしくなり目を閉じてしまった。

 目を閉じたせいか、身体の感覚が鋭敏になったような気がする。

 その証拠に、首筋に芹の吐息がにかかりビクっとしてしまった。


 ただ血を吸われるだけだと言うのに、なんでこんなにもドキドキするのだろうか?

 注射みたいなものか?

 これからチクっとするから、ドキドキしてるのか?

 考えている間にも芹はどんどん近付いてきており、首筋付近で唾を飲む音が聞こえた。


「い、いくわよ?」


 少し上ずった芹の声が聞こえ、僕は無言で頷く。

 首筋に数回芹の吐息がかかり、その後大きく息を吸うのが聞こえた。

 来る……!


 その時、僕の部屋のドアが開いた。


「姉さん、明日も学校があるのですから、そろそろ…………あっ、お、お邪魔しましたっ」


 すごい速さでドアを閉める菘に対し、僕は大声で呼びかける。


「ちょっ、違うって!」


 次の日、あの後ちゃんと事情を説明したものの、菘から一日中『昨日はお楽しみでしたね』とからかわれ、お昼ご飯には赤飯を食べさせられた。




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