005 『涼ヶ峰姉妹のポテト』

 学校帰りの放課後、僕は二人の姉妹とファーストフード店を訪れていた。

 それぞれ注文を済ませて、空いているテーブルに腰を下ろす。

 相変わらず、外はとても暑い。


「もう日本って国はなんなの? この暑さはどう考えてもおかしいわ」


 椅子に座るなり、いきなりせりが不満を口にした。


「日本は湿度が高いので、汗が蒸発しないんですよ。そのため、身体に熱がこもってしまうんです」


 いつも通りの淡々とした口調で、すずながその理由を解説する。


「だからこんなに暑いのか」


「これだと谷間に汗疹あせもが出来てしまうわ」


 そう言って、芹はワイシャツをパタパタとさせ、胸に空気を送り始めた。

 ワイシャツをパタパタするたびに大きな胸が揺れており、正直目に毒だ。


「揉む?」


「揉まない」


 ナチュラルな誘惑を華麗にスルーして、僕はポテトを一つ取り、それを口に運ぼうとしたが、


「ちょっと待ちなさい」


「ちょっと待ってください」


 二人に止められてしまった。


「なんで止めるんだよ、これは僕のポテトだぞ」


 最初は二人のポテトを間違えて取った、と勘違いされているのかと思ったのだが、


「なんでポテトに何も付けずに食べるのよ」


「そうですよ、何も付けないのはおかしいです」


 どうやら違うらしい。


「いやいや、ポテトには普通何も付けないだろう」


「何を言ってるんですか、どう考えてもケチャップを付けた方が美味しいに決まってますよ」


 と、菘はナゲットに付いてくるバーベキューソースのような容器に入ったケチャップを見せてきた(ちなみに始めて見た)。


「ほら、ファミレスのポテトとかでもケチャップがお皿に乗っているでしょう? アレはケチャップこそ、ポテトにあう最高の調味料だという証拠なんですよ」


「いや、確かにポテトにケチャップが合うのは否定しないが––––ファーストフード店のポテトは味が濃いし、そのままの方が美味いぞ」


「それはよくある意見ですが、とにかくケチャップを付けて食べてみてください」


「……分かったよ」


 僕は菘に言われた通り、ケチャップにポテトを付けて食べてみた。


「どうですか?」


「さらにしょっぱくなった」


 元々味が濃かったポテトがケチャップにより、さらに味が濃くなった。

 だが、語弊のないように言っておくが––––これは単純に僕が薄味好みというだけであり、人によっては美味しいく感じるとは思う。


「この美味しさが理解出来ないなんて、これだから人間は……」


 菘は少し不満そうに、唇を尖らせていた。

 逆に芹は、「すずちゃん、残念だったわね」と何故か勝ち誇った笑みを浮かべている。


「ポテトには、昔からバニラシェイクを付けて食べるって決まってるのよ」


「いや、何でだよ⁉︎」


 驚愕する僕に対し、芹は躊躇なくポテトをバニラシェイクに突っ込んだ。


「こうやって、ポテトに白濁液を満遍なく浸してから食べるのが美味しいのよ」


「卑猥な表現をするな、卑猥な表現を」


「食ザー」


「…………」


 ダメだこいつ、早くなんとかしないと。

 良い子のみんなは絶対に検索しちゃダメだぞ。


「ほら、早くみなとくんもやってみなさい」


「今のお前の発言で食欲が失せたよ!」


「代わりに性欲が湧いてきたかしら?」


「僕を無節操な性欲魔神に仕立てるのを今すぐやめろ!」


「冗談よ?」


「お前の冗談は笑えない……」


 芹は楽しそうにクスクスと笑っていた。

 冗談というよりかは、冗談みたいな女って感じだ。

 僕は半ば自暴自棄にポテトを一つ取り、バニラシェイクに付けて食べてみた。

 ……悪くはない。

 バニラシェイクの味の中にポテトの塩分が程良く混ざり、塩キャラメル的な味がする。


「どうかしら?」


「まあ、不味くはない」


「じゃあ、次は本当に食ザーをしてみましょう」


「それは絶対にない」


 ぶすーっと膨れ面をする芹を見つつ、僕は菘の様子を伺う。

 同じ調子で、『ポテトに血液を付けて食べてみましょう』とか言われたら困る。


「どうかしましたか?」


「いや『血をポテトに付けて』––––とか言い出さないかと思って」


「失礼ですね、私がそんなこと言うわけないですよ」


 よかった。菘はなんだかんだ言って常識人だからな。


「私は血液はストレートと決めているんです」


「妙なこだわりを出すな、こだわりを!」


「しかも湊さんの血液に何かを混ぜるなど、素材への冒涜ですよ」


「だったらポテトもそのまま食べろよ!」


 素材の味を大切にするんだったら、ポテト本来の美味さを大事にするべきだ。

 やはり、ポテトは何も付けないに限るぜ。


「吸血鬼にとっての吸血と言いますのは、単なる食事とはわけが違うんです。一緒にされては困ります」


「……どういうことだ?」


「シンプルに言うと––––人の三大欲求に私の場合は、吸血がプラスされてる感じですね」


「ちなみに私は人より性欲が強いだけよ」


 芹がポテトをバニラシェイクに浸しながら、口を挟んできた。


「それは知ってる」


「多分サキュバスじゃなかったとしても、同じようなこと言ってたと自負してるわ」


「…………」


 そこだけ自信持たれても正直困る。というか、それはただの変態だ。

 そんなことを思いながら、僕はさらにポテトを食べようと手を伸ばしたのだが、菘に取り上げられてしまった。


「なんで取るんだよ」


「ポテトは血糖値を上昇させますので、これ以上食べるのは控えてください」


「嫌だね」


「そういえば湊さん、最近太ってきましたよね」


 ぐっ、こいつ僕の気にしている事を……。

 この頃は暑いからという理由で、こうやって涼んでから帰るのが癖になってしまっていた。

 ファーストフード店やら、ファミレスやら、スタバとかとかとか。

 その結果、その代償を身体で支払う羽目になってしまったということか。


 僕は渋々、自分のポテトを二人に献上した。

 しばらくは学校帰りに寄り道するのを控えないといけないらしい。

 というか、走って帰った方がいいかもしれない。


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