002 『涼ヶ峰姉妹のお弁当』

みなとくん、お弁当を作って来たので、一緒に食べましょう」


 昼休みにせりがお弁当を片手に、僕の席までやってきた。

 ちなみに芹と僕は同じクラスで二年二組だ。


「どうせ、今日も一人で食べるのでしょう? 友達いないから」


「僕に友達がいないのは誰のせいだと思っているんだ……」


「まさか私のせいだと言うの?」


「そのまさかだよ!」


 この紅白高校に入学した当初、僕はそれなりに友達がいたのだけれど––––芹が言い放ったある狂言が原因で、僕は避けられるようになってしまった。

 具体的には、「湊くんは血の気が多くて、しかもホモの疑いがあるわ」だ。

 血の気の多いのはともかくとして(これが原因で喧嘩っ早いと思われている)、なんでホモの疑いがあると言ったかというと、本人曰くエチエチボディの自分が誘惑しても一向に襲って来ないため––––らしい。

 おかげで僕は、男子生徒からも女子生徒からも避けられるようになってしまった。

 なのでお昼休みになると、僕の席の周りは人が居なくなる。物凄く寂しい。


 現在は五月の中旬なのだが、この時期になるとクラスの仲良しグループはほぼほぼ出来ている。

 そのため、今更そこに入るのは不可能だし、そもそも僕は避けられているので––––今年もぼっちな学園生活が確定しつつある。


 まあ芹が居るだけでもマシと言えばマシなのだが––––その芹がこの状況を生み出した張本人なので、釈然しゃくぜんとはしない。


「どうして、私だけ違うクラスなのでしょうか?」


 声のした方に目を向けると、すずながこちらに歩み寄ってくるのが見えた。


「アレだろ、姉妹は同じクラスにならない––––みたいなやつじゃないのか?」


「これでは湊さんが体育の授業中に怪我をした場合、吸血––––ではなくて、治療出来ないではないですか」


「今、吸血って言っただろう」


「はて、何のことやら」


 菘は下手な誤魔化し方をしながら、お弁当を取り出した。

 吸血鬼の唾液には、吸血を円滑にするためなのか治癒効果がある。

 なので噛み付かれても跡は残らない。

 これは吸血鬼の中でも高位の能力らしく、菘––––ならびにその父親は、吸血鬼界隈でもかなりの上級種らしい。

 その証拠に、太陽の光も平気だし、にんにくの入った餃子はバクバク食べるし、時々『†』みたいな、中二病ぽいシルバーアクセを付けていたりする。


「本日のお弁当は、タンパク質と亜鉛たっぷりの精力弁当よ」


「いいえ、湊さんには私の作った鉄分とビタミンたっぷりの造血弁当を食べてもらいます」


 僕は二人から差し出さたお弁当を交互に見る。

 どちらも栄養バランスを考えた健康に良さそうなお弁当なのだが––––なーんか、養殖されてる家畜の気分になる。

 まあ、普通に美味しそうではある。


 とりあえず、芹のお弁当からハンバーグを一つ取り頬張る。


「ん、美味いな」


「お豆腐ハンバーグよ」


 確かにそう言われると、ほのかに大豆の味がする。

 今度は、菘のレバニラ炒めを食べてみた。


「ニンニクが効いていて、美味いな」


「ニンニクには血液をサラサラにする効果もありますので、ドンドン食べてください」


 やっぱり養殖だよな、これ。おかげで健康診断の結果はとても良かったけどさ。


「すずちゃんのお弁当を食べるのもいいけれど、私のことも食べてもらわないと困るわ––––ちゃんと孕ましてちょうだい」


「は、はらまっ……⁉︎」


 とんでもない狂言が芹から飛び出してきた。

 というか、それは繁殖だ。


「しかも、私はこの年になってまだ処女なのよ? サキュバスとしてかなり遅れてると思わない?」


「そんなこと僕が知るかよ!」


 さらにとんでもない発言が飛び出してきた。

 こんな発言を周りに聞かれでもしたらどう思われるか心配だが、生憎僕の周りは無人だ。

 友達が居ないのが役に立った。


「この年になっても経験がないなんて、人間としても遅れてるかもなのに」


「そう……なのか?」


 僕はそういうのにあまり詳しくない。友達が居ないから、情報が無いのだ。


「いいえ、最近は結構遅い傾向があるそうですよ」


 と菘が口を挟んで来た。


「中には結婚するまで経験が無い……なんて人も居るそうですよ」


「それはそれで少し硬いイメージもある気がするけど、でも本当に好きな人とそういうのはすべきだよな」


 僕のプラトニック的な発言を聞いて、何故か芹はニコッと微笑んだ。


「なら私は大丈夫ね、ちゃんと湊くんのこと好きよ」


「僕がじゃなくて、僕の精液が、だろ?」


「うん、そっちも好きよ」


 僕は深いため息をついた。サキュバスとはいえ、美少女に好かれるのは嫌なはずではないのだけれど––––なんか思ってたのとは違う。

 学生の恋愛とかって、もっとこう、ピュアなものを想像していた。

 それが、常に下ネタだらけの下品な口説き方だと、ちょっと冷める。


「芹はもう少しピュアに口説けないのか?」


「あら知らないのかしら?」


「何をだよ?」


「サキュバスは一度誘惑する相手を決めたら、その相手が死ぬまで搾り尽くすのよ。実は一途なのよ」


「『搾り尽くす』って言う単語が無ければな」


「今際の際まで側に居るのよ、素敵じゃない」


「……まあな」


 案外悪くないかも––––とか思ってしまった。

 ……いかん、毒されてる。


「でも、歳を取ったら性欲とかって衰えるものなんじゃないのか?」


「私のエチエチボディなら大丈夫でしょ」


「…………」


 ……なんか、そう言われたら納得出来るだけの理由はあるスタイルだ。


「年齢の事を気にしているようでしたら、湊さんは心配ありませんよ」


「どういうことだ……?」


 僕は菘の言葉の意味が分からずに首を傾げた。


「湊さんは私に血を吸われていますので、少し吸血鬼化しています。なので永遠というわけではありませんが––––長生きはするはずですよ」


 そういえば、そんな話も本で読んだことがある。吸血鬼に血を吸われたら、吸血鬼化する––––と。


「しかも毎日吸えばそのうち完璧な吸血鬼になり、永遠に生きることも可能ですよ」


「まじで⁉︎」


 永遠に生きられるという言葉を聞いて、僕は少し興奮気味に尋ねた。


「代わりに私や父様のような高位な吸血鬼ではないので、太陽に焼かれますし、ニンニクは苦手になると思いますし、十字架のシルバーアクセを身に付けたら死にます」


「ダメじゃん! というか、もう血吸うなよ!」


 不老不死と聞いて少し夢のある話だとは思ったが、デメリットが多すぎる。却下だ。


「二週間に一度くらいの頻度なら吸われても大丈夫ですよ」


「……本当か?」


「実際それくらいの頻度で吸ってはいますが、ニンニクどうでしたか?」


「美味しかった」


「大丈夫そうですね」


 菘の料理にやけにニンニクが入ったものが多かったのは、そういう意図もあったのか。

 ただ、これまでは菘が喜ぶので定期的に血液をあげていたのだけれど、少し頻度を減らした方がいいかもしれない。

 しかし、その考えはすぐに変わることになった。


「それと血液の味から健康状態も分かりますので、ある意味本当に採血なんですよ」


「タダで血液検査してくれるのなら確かに安いな……」


 健康は大事だ。それを無料でやってくれると言うのなら、吸血鬼は現代のお医者さんになれるな、うん。


「実際、赤十字社の献血でもタダで血液検査をしてくれているようなものなので、健康チェックにもなるんですよね」


「なるほど、そもそも健康な血液じゃないと輸血には使えないもんな……」


 流石は血液を糧とする吸血鬼というべきか。血に対する知識の量が半端ではなかった。

 しかしそれはサキュバスも同じなようで、


「健康チェックなら、精液からでも出来るわよ––––しかも私クラスになれば、昨日食べた物を当てることも出来るわ」


 と芹は大きな胸を張ってドヤ顔をしてみせた。


「そんなことで威張るなよ!」


「ちなみに昨日の晩御飯は生姜焼き」


「当たってる⁉︎」


 こ、こいつまさか⁉︎

 僕が寝ている間にやりやがったのか⁉︎

 サキュバスは寝ている人の夢に出て、精液を絞り取ると聞いたことがある。

 ちくしょう、やられた!


「って、昨日スーパーでバッタリ会った湊くんのお母様が言っていたわ」


「あっそ……」


 それは、バッタリではなくハッタリではないか。




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