極点


生きていて欲しかった。

ただそれだけでいい。

どんなに不幸になっても、どんなに痛めつけられたとしても、生きていて欲しかった。

だから僕は走ったんだ。


人は皆、誰かを守りたいって感情を愛とか恋とか名前をつけて呼びたがる。

でもきっと、僕があの子に抱いていたのはそんな感情じゃない。


ただ。

たった一つのお願いなんだ。


誰でもいい、神様仏様、悪魔でも何でも魂でも売ってやる。


僕は、あの子に信じられている。


あの子って誰だ?


僕が生きていて欲しかった子。

僕に生きていて欲しいと思ってくれていたかもしれない子。


あの子は誰だ?


死ぬってこういう事なのかな。

皆に忘れられた時死ぬんじゃない。

きっと全て忘れてしまうのは僕のほうなんだ。


僕はあの子に言ったんだ。

忘れないって。


あの子は僕の事を忘れていないのに。

僕は…ぼくはあのこのことをわすれていく。



つらい。


かなしい。


ひどい。


むごい。



…しかたない?



いやだ。



ぼくはあのこにつたえていないことがたくさんあるのに。


まだやりのこしたことがたくさんあるのに。


ぼくがあのこにできることはあったのに。


すててしまった。


だから。


ぼくがそうしなければいけないんだ。


ぼくが…僕が。




「んー…安心…するから…」


彼女が僕の腕に擦り寄る。

あの夜だ。


タクミのバカ。気付いてよ。この鈍感。

確かに私でもわからない。

でも夢の中にもアナタの顔が映り込んでしまうから。

アナタが私を知らず知らずのうちに洗脳したから。



お願いだ。


あと1キロ、動くための力をくれ。



『フルル…別にそんなんじゃないし』


『照れなくていいんですよフルルさん!ああ〜っ!研修生とフレンズの禁断の恋っ!ロマンティックが止まりませんね〜!!』


『こ…恋…だなんて…フルルはぁ…』




たった1キロメートルでいい。


それを歩いたら後はどうなっても構わない。



–好き?



あの子に会うために。



–好き?



フルルちゃんに会うために。



–すき。



今奇跡を信じる。



–アナタがすきなの。



世界を信じるから。



–だから…いつまでも忘れて欲しくないの。



お願いだ。





















「…こはっぁ…っ…ひ…ぁ…」


僕は激しい痛みの中に戻ってきた。

しばらく息ができない。

でも手と足が動く限りは、僕の力が枯れるまで動いてやる。


ゆっくり速度を上げていく。

足の動きはバラバラでも。


痛い。

肋骨が数本逝っている。


ただ僕はもう阻まれない。

僕は奇跡を信じてる。


「フルっ…ちゃん…フルルちゃん…っ!」


止め処ない涙が何故か溢れてくる。

あと少し。あと少しで。


羽根に涙が優しく触れる。


僕の身体が光を放ち始める。


これで最後だ。

森を抜けた。

あのログハウスが見える。


–ドオンと大きな音がして自分とログハウスの間の木がなぎ倒される。

大きなセルリアンだ。

ソイツはこちらの存在に気がついて、ゆっくりとその歩を進めてくる。


負けない。

突っ切ってやる。


大きな触手が目の前で振り下ろされる。

地面がめくり上がり、僕は身体中に土の礫を覆う。


いらない。


この世界には僕とフルルちゃんだけでいい。


僕がただ求めてやまないもの。


君だ。


僕は、君の笑った顔がもう一度見たいだけなんだ。

ただ、それだけに。


動かされている。




誰にも、もう邪魔なんてさせない。


何者にも阻ませたりはしない。


握った爪の食い込んだ先から血が滲むほどに。



見つけた。

ログハウスの窓の中に君がいた。


「フルルちゃん…!フルルぅ!!!」


彼女が気づいてくれた。


きっと僕は酷い顔をしているだろう。


ワンデイのコンタクトはよれて、トップスもビショビショ。


もう少し。


もう少しだけなんだ。







僕は、割れた窓に飛び込みながら、彼女の名前を。


呼ぶ。












「フルルゥゥゥゥゥゥゥッ!!」

「タクミィィィィィィィッ!!」















僕たちは抱き合っていた。

もう離さない。

絶対に。

僕が彼女に抱いていたのは恋とか愛とかじゃない。

もっと特別な気持ちなんだ。

今、言葉はいらない。

感覚なんていらない。

在るだけで、それだけでいいから。




セルリアンがにじり寄る。

そして振り下ろされる。


ログハウスは爆発と共に跡形もなく吹き飛んだ。

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