マイナスへ
先へと。
「ということで!お前ら新入生にはジャパリパークに飼育員体験をしに行ってもらう!!」
「「はあ…」」
「はいこれ課題」
ドカンと女教授が紙の塊を置いていく。
何センチある…?もはや木だろこんなの。
「えちょっとこれは無理でしょう?!」
「いーやこの大学の伝統だからやって貰うぞ!」
一樹が先輩面して新入生に研修の案内をしている。
お前もレポート白紙で出したくせに。
まあ、あんな事があったのでいいわけできたのだが。
「んじゃ、タクミが続きの説明な!タクミ?おーいタークーミー!聞いてるかー…」
僕は閉め切った蒸し暑いこの研究室の中から海の方向を見つめていた。
思い出してしまう。
あの日、僕があの子に逢えた日。
ログハウスをセルリアンが破壊しようとした時に間一髪、飛び込んできたのはスザクだった。
僕らはその後安全な洞窟まで避難させられて奴等が消えるのを待った。
「おい!」
「うわっ」
一樹が強く僕の肩を叩く。
「お前なーに黄昏てんだよ。ホラ後頼んだぜ?」
「仕事を押し付けただけじゃないか…」
ブツブツと悪態をつきながら新入生の所に行く。
「あ、もう一個だけど」
一樹が大袈裟な身振りで言う。
「お前、新入生の付き添いな?」
「……はぁっ?」
僕は結局、前回の大災害を受けての付き添い役という形でパークに送られることになった。
というか、正直なところ半分出禁に近い状態だったと言えるだろう。
フレンズに情を移したアブナい奴だと思われたのか、シェルターでのあのとち狂った言動が元でヤバい奴だと思われたのか。
心当たりが多すぎる。
僕は予定より早く、船着場に到着していた。
ああ、そうだったな、確かここで一樹は遅刻しそうになって危うく…
「おい!急げってやべえぞ!」
「お前がスケジュールを確認してないからだろうがっ!」
似たような奴らがいたよ。
新入生が息を切らして走ってくる。
上船時間ギリギリだった。
タラップが上がり、ゆっくりと揺れの中で船が動き出す。
あの二人は冷めやらぬ興奮のせいか、甲板にもう行ってしまった。
僕は閉まっていた窓のカーテンを開けて、ペットボトルのお茶が泡立つのを横目で見ながら思い出す。
どんな顔だったっけ。
どんな声だったっけ。
いや、忘れるはずが無いのに。
運命だってねじ曲げて救い出したはずの君に…
また会えたとき、僕は…?
しばらくの間は空腹の中、洞窟に僕たちは息を潜めていた。
時々大きな足音がする度に怯える彼女を慰めたのは僕だった…満身創痍ではあったけど。
戻った僕は叱責された…もちろん一樹やマコさん、サチコさんにも迷惑をかけてしまった。
僕が助けたのはあの子じゃ無いんだと。
あの子の記憶なんだと、そう言われた。
だからあの子が死んだってまた同じものが出てくると、そう言われた。
それでも僕は納得した。
それなら、僕が彼女の記憶を離さないから。
彼女を忘れないから。
髪をクシャクシャにした二人が戻ってくる。
「いやー風が強くて…」
えへへと苦笑いする二人。
きっと君たちには楽しい日々が待っている。
近くにあの喧騒が聞こえてくるようだ。
あの日掴んだモノってなんだったっけ。
今思えば、奇跡なんて何ひとつ起きていなかった。
『間も無く、ジャパリパークに到着です。港では揺れる可能性がございますので、シートベルトを締めて、着席した状態でお待ちいただけますよう、ご協力お願いします』
バオーと汽笛が腹の底まで響く。
着いた。
「一番乗りっ!」
「アイツは本当に…」
新入生はまだ高校生の垢抜けないテンション。
ゆっくりトランクを抱えて降りる。
さて、出迎えの人はどこだったか−
心臓が跳ね上がる。
瞳孔は細まり、血管が縮んでいくのを感じる。
そこにいたんだね。
あの日、奇跡なんて起きたりはしなかった。
僕の思いが。
あの子の思いが。
千切れそうな僕たちを無理やり繋いだんだ。
あの子が僕に気づく。
僕はタラップを駆け下り、トランクを投げ捨てる。
あの子もブーツの足をぶんぶん振ってこちらにかけて来る。
そうだよ。
あの日出会えた僕なら、僕たちなら…
「フルルちゃん!」
「タクミィーッ!」
きっと空だって飛べるはずだ!
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