贅沢な命の無駄遣い
「ハァ、ハァ…ぅ…ハァ…」
こんなに長い距離を走るのはいつぶりだろうか。
さっきから二十分しか経っていないが、もう息が上がって足が辛い。
自分の体を憎む。
彼女が今いる所まではきっとかなり遠い。
今はもう昼過ぎ1時頃。
なのに空も赤くなって辺りはそんなに明るくはない。
時々遠くから恐ろしい咆哮が聞こえて、その度に足がもつれそうになる。
「…まだまだっ!」
上に着ていたジャケットを脱ぎ捨てた。
汗が既に胸のところまで滲みてきている。
バンと大きな音が鳴る。
火口を見れば、稲光と共にマグマが吹き出し始めている。
そこには虹の輝き、どす黒い闇が混沌としている。
「バランスなんて…クソくらえだ…!」
とにかく急がなくては。
もっと早く移動できる手段を見つけなければ…
「あるじゃないか」
木に立てかけてあるのはヒョウ柄をしたバイクだった。
ヴーンとエンジンは唸りを上げて走っている。
バイクの免許は一度取ろうとしたがダメだった。
だが真っ直ぐ障害物もない道なら大丈夫だ。
道中、何匹か小さなセルリアンが現れ、避けられずに踏み潰しては落ちそうになった。
「アレは…!」
ふと空を見遣ると、赤空の中にさらに一際紅を引く者がいた。
「スザクーっ!」
スザクは人が避難したはずのパークでヘルメットもつけずにダサいバイクを乗り回す僕を見て困惑している。
「おぬしタクミか?!何しておるんじゃ?!」
「フルルちゃんを!フルルちゃんを助けに行くんだ!」
「たわけが!何をしておるんじゃ馬鹿者死ぬぞ!」
「…もういいんだよ…」
スザクはギョッとした目でコチラを見る。
僕はその視線を感じながらも真っ直ぐに道だけを見つめて転ばないように注意する。
「その羽根の主の話をした事があったな」
「?ええ、まぁ…」
「その羽根で結局呼ばれることは無かったが…その使い方が良かったかどうか我には分からん」
「…」
「よく聴け。おぬしはもう助からん。我の力では助けられん。その羽根の今の主もじゃ」
「でも!」
「それでもいいと言うのじゃな?」
「…はい。僕は…あの子に酷い事を言ってしまったから…僕があの子を傷つけてしまったから。僕はそれを償わなければいけないんです」
「ははっ、おぬしの死が贖罪だと?たわけが」
スザクは僕と同じ速度で並走している。
「贅沢な事を申すな。おぬしの命はたった一つ、言い換えればそこらのハエと同じ一つじゃ。ハエの命で贖罪ができるのか?」
「それでも!」
「それでもではない。おぬしにできる償いはただ一つじゃ。それを知っておろう?何故知らぬふりをしているのじゃ。おぬしの一番の償わなければならない罪は、自分に嘘をついていることじゃ」
「…!」
「おぬし、だいぶ前からあのマコとか言う飼育員より好意を抱いている者がおったのではないか?」
「なっ!何でそれを!」
「その羽根を握ったまま眠りおって。ぜーんぶ筒抜けじゃ」
「っ…そんなわけ」
「ふっ、馬鹿は死ななきゃ治らない、か…」
スザクはゆっくり距離を伸ばして別の方向へと向かっていった。
エンジンはまだ大丈夫そうだが…そろそろ森に入って、抜ければそこにあの家はあるが…
バイクで抜けれるだろうか。
大きな咆哮がすぐ近くで聞こえる。
「待ってて…今行くから!」
木々の中を物凄いスピードで走り抜けていく。
視界はあまり良くない。
「うっ!あっ!イテッ!」
ほっぺたや腕などに木が掠っていき、切り傷擦り傷があちこちにできる。
だがそれもすぐにアドレナリンで感じなくなる。
「ああっ!!」
突然だった。
空が暗い上に木の下だったので全く道は見えていなかった。
大きな木の根に気づく事ができず、バイクと僕の胃は大きく跳ね上がった。
そして––
空中で時は止まる。
僕はバイクと共に宙に放り投げられ、目の視点は定まっていない。
ああ死んだ。
何も守れなかった。
あともう少しなのに運命は意地悪だ。
僕は…僕は…
僕は…
ガシャン。
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