この感情の名前は


一風呂浴びた後、戻ってきたマコさんはガブガブ酒を飲み始めた。

毎度の事だけど心配になるね…

でろんでろんになったマコさんにナントカ近づこうとする一樹だったが、サチコさんに阻まれてそれは出来なかった。


結局、マコさんをベッドまで運んで封印…寝かしつけたあと、みんなは解散した。


寮の布団よりいくらか寝心地の良い大きなベッド。

横でぐっすり一樹が眠っているのを見て、何も考えずに体を放り込む。

靴下を脱ぎ捨てて部屋着に着替え、洗濯を始める。


そろそろ12時だ。

乾いた洗濯物を干して、それから寝てしまおう。


「お前さぁ−」


驚いて後ろを振り返る。

目を閉じたまま、一樹が続ける。


「好きなのか?マコさんのこと」


「えっ…いや…な、なんでだよ!」


「いや…最近楽しそうだったからさ。大学にいる時なんてあんなつまらない顔してるのにさぁ、美人1つで変わっちまうなんて景気のいい坊ちゃんだなと思ってな!」


「ふ…なんだよ…てか僕そんなつまらなそうな顔してた?」


「この世の全てを恨んだパグみたいなwww」


「なんだそりゃ」


意味がわからないのに、何故かおかしくて笑い転げた。


知ってるのに。

こう見えて一樹は一途なんだろう。

普通だったらマコさんじゃなくとも、アードウルフだって悩殺レベルで可愛いのに。

積極的に、ここまで感情を見せているのは、僕も見た事がなかった。


僕は、ちょっと分からない。

これじゃあモテない半端野郎だ。

この気持ちが何なのか分からない。

初恋だって立派に済ませてある。

でもあの時の感情じゃないんだ…マコさんの事を僕は本当に好きなのだろうか。


3つしか年は変わらないけど、それでも大人って感じがした。

僕よりずっと仕事もできるし、人と関わり合うのがとても上手だ。

でもそれは、僕も上手に接されているだけなのかもしれない。


僕が、あまりに幼いだけなのかもしれない。


「なぁ、明日はどこ行く?」


「カズキにしては珍しく、明日の予定なんてな」


「俺も成長してんだぜ」


マコさんとしばらく前に交換したライン。

書き込みは生真面目な業務連絡だけ。

ひとつ、ここは明日どうするのか相談したら話が繋げられるかもしれない。

いやでもいきなり送るってのも…


「お、明日はトレッキングしようってマコさんが」


こういう所だ。

童貞力を発揮していく…

いや、そんな言葉に流れているのが僕の良くない所なのだろう。


たまに自分が嫌になるときって、あるよね。




おふとんのにおい。

嗅いだ事ない臭いだなーって。


正直ちょっと落ち着かない。

それは、慣れない場所で寝ようとするからなのか、はたまた…あの子のせいなのか。


ちがうちがう。

何のために海に来たのか思い出さなきゃ。

あの子が好きなのは、きっと私の横でイビキをかいているマコさん。


タクミの気持ちもわかるなぁ。

マコさんはとっても綺麗で、可愛くて、そしてフルルよりもずっとおとな。

おとなって、この体になってから始めて知ったもの。

それは体が大きい事じゃないの。


こうして、まるでエサを貰ってお腹いっぱいになって寝ているヒナのように、マコさんも寝ているけど。

この人はすごい。

わたしよりたくさんの子に気を使ってあげられる。


わたしもそれくらいならできるけど、それがもし間違いだと気がついた時に、私じゃどうすることもできないだろう。

みんなに、みんなを笑わせたくて、自分の事を名前で呼んでみたり。

でも、わたしって変わりものだから、時々無意識のなかでういちゃうんだ。

自分でもわかってるのに。


せきにん、って言うの?

わたしにはまだ難しい。

そんな言葉に逃げているから、わたしはおとなになれないのかもしれない。


たまに自分が嫌になるときって、あるよね。




翌朝、僕は4時に起きた。

もう体に癖がついたに違いない。

シャワーを浴びる。

朝からカップヌードル、マコさんがいたら怒られるだろう。

歯磨き。

着替え。

一樹を起こす。


今日はどんなことが起こるんだろう。

そんな事を考えながら過ごす朝も悪くはないよね。

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