海を飛ぶ鳥
「タクミくんも入らないのー?」
「僕は…大丈夫です」
マコさんに誘われるが、あまり海に入る気にはならない。
あのビリビリとした感触、痛み、腫れ。
五歳のときだっただろうか…我ながらそんな事をトラウマにして海に入らないなどと情けない。
右ふくらはぎにびっしりと残ったミミズ腫れは当時暫定一位の痛みだった。
バシャバシャと水を掛け合って遊んでいるのを、僕はただ眺めている。
それだけでいい。
不意に、手を引っ張られた。
「うわっ!?」
その手は白く小さく、絹のような。
でもすごい力で。
バッシャーンと僕は青に叩き付けられた。
無理矢理頭にゴーグルとシュノーケルをつけられて、髪が痛い。
その手の主はフルルちゃんだった。
フルルちゃんはころころと笑うと、また僕の手を取って泳ぎ始めた。
豊かな海の底にはサンゴが、そしてその周りに鮮やかな魚たち。
少し沖に出れば、そこは蒼い砂漠なのだろう。
でも、僕たちの目の前を通り過ぎる大きな魚に目を奪われる。
彼女に、目を奪われる。
またフルルちゃんは泳ぎ始める。
この間、踊りの練習をしていたが、その時の曲をおもむろに思い出す。
夢の翼?
いや、彼女はどこまでも広がる蒼い砂漠に悠々と翼を広げる鳥。
海底には波の影、彼女の影、僕の影。
随分と海岸から遠くまで連れて来られた気がする。
「きれいでしょ?」
フルルちゃんが海の中で言葉を発する。
「ぐぅ」
それが一瞬当たり前の様に思えて、僕もうんと言おうとするのだけど、シュノーケルで上手く発音する事は出来なかった。
また君が可笑しそうに笑う。
水中でフワッと広がる髪。
白い肌。
栗色の瞳。
「うぐぅ?!」
「タクミ!動かないで…」
足に電撃が走った。
びっくりしたけど、案外痛くない。
自分の手もピリピリしながら振り払う。
「はいひょうふはひょ(大丈夫だよ)」
「戻ろうね」
再び絹の手が僕の手を優しく掴む。
水の抵抗を感じて、あの海岸まで。
昼は近くのジャパリマートでざるそばを人数分。
一樹がアイスを持って走っていく。
男性陣の奢り…金は無くともプライドが…くっ…
みんなでソバをつるつると食べる。
フレンズの2人は箸が使い慣れていないのか、随分とぎこちない食べ方をしている。
アードウルフちゃんとサチコさんの作った砂の城(まるでアリ塚)が、満潮に飲まれて消えていく。
「おいしいー!」
「海で食べる笊蕎麦は一味違うわね」
「フルルちゃん、サチコ、足りてる?かってくるよ?」
さざ波から塩の匂いを運ぶ海風の向きが変わりつつある。
昼飯のつもりだったけど、もう夕方だったようだ。
充実した時間ほど短く、取り戻すことはできない。
半分溶けたアイスを木のスプーンですくい、僕たちは全身で笑いあった。
傾いた太陽は、浜辺を去る僕たちに、やがて黄昏となって覆いかぶさった。
「明日も休みかぁ…泊まっちゃうってのはどう?」
「いいですねぇ…ホテル…ッ…クフッ…」
お前が言うとヤバそうに聞こえるんだが、一樹…
どうやら連絡が回って来たようだ。
みんな疲れている、それに客もいないので海のホテルに泊まることができる。
ガラガラのホテルのスイートルームにタダで宿泊。
やったぜ。
3つ部屋を取ってマコ・フルル、アード・サチコ、僕・一樹のチームに分かれる。
何を残念そうな顔してるんだ一樹。
一緒の部屋に泊まれるわけないだろうが。
シャワーを浴び、クラゲに刺された傷にムヒを塗って、一番広い部屋に集合した。
「お疲れさまー」
フルルちゃんが声を掛けてくれる。
彼女の髪からはまた、僕と同じ匂いがする。
…何言ってんだと軽く自分を笑った。
枕投げ大会。サチコさんの一人勝ち。
ババ抜き大会。
上司へのグチ、酒、ジュース、笑い。
一樹がスベらない話をする。
アイツの話は大体いい加減、だけど面白い。
気がついた時には既に9時を回ろうとしていた。
「あ、ここって大浴場がすごいんだって!」
マコさんが思い出したように話を持ちかける。
「サウナも、あるのかしら」
「混浴?混浴ですかぁ???」
ふざけて一樹が言ってるんだと思ってるからマコさんたち笑えるんだ。
アイツきっと本気だぞ!
そういやこれからイッテPがやる時間だったな。
「あ、でも今から見たいテレビがあるんで、先行ってていいっすよ」
「じゃあ、行こっか!」
ゾロゾロと出て行くみんな。
フルルちゃんだけ動かない。
「フルルちゃん?」
「フルルも後からいく〜」
「は〜い」
オートロックのドアを閉めて彼女たちは部屋を後にした。
喧騒はなくなり、テレビの音だけが黄色の照明が照らす部屋に響く。
今日は宮山探検隊か。
コスタリカ?
いつもよくやるよなぁ。
そんな事を考えていると、僕の腕に、あの時と同じ感覚が。
どきりとする。
耳が赤くなる。
僕の腕にフルルちゃんが抱きついている。
でもなんで?
手を動かしたくても自分からなぜか動かせない。
「ど、どう、どう…したの…?」
「んー…安心…するから…」
そう言って彼女も顔を赤くしている。
なんで?理解できない…僕にはわからない。
ペンギンってそういうものなのか?
フルルちゃんがこちらを見上げて何かを言おうと…
ドンドン
「タクミくーん!ごめーん!鍵忘れてたー!」
とたんに、ばっとフルルちゃんは僕の腕から飛び出して布団にくるまった。
暑くないのだろうか。
なんか、勝手に僕だけドキドキしてる気がして。
良くない事のように思えて。
「はーい!今出します!」
鍵に手を伸ばしドアを開けると、そこにはいつものように綺麗で、優しそうなマコさんが立っていた。
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