第10話 愛はハリネズミのように
30歳になって年下の男の子にご飯に誘われました。まして大学生から誘われるなんて…大学時代以来の出来事。永らくちゃんとしたメイクもしていないし、服装も動きやすさを重視、スカートもハイヒールも履かないし、現場に出る日は堅い格好をする日があってもとにかく目立たないよう黒い服を着るようにしている。そんな私の姿を見て声をかけてくる人だ、急に化粧バッチリして、おしゃれなんかして行こうものならはしゃいでいますと言っているようなものだ。頭の中で私の中の悪魔Aと悪魔Bが私にささやく。こんなやりとりを見られたら匠さんなら「川瀬さん、面倒くさいですね」って言って笑ってくれるだろうか。…彼は、どうだろうか。こんな面倒くさい私のことも受け入れてくれるのだろうか。いやいやとんでもない、まず彼が私に好意を持ってくれているとしても、それがどういう意味かはまだわかっていない。本当にただの親睦かもしれないのだ。
いつも通りの格好にしよう、私は悪魔たちに笑われないようにローテーションになっている普段着に手を伸ばして、せめて肌の色だけは健康的に見えるよう、手のひらにつけた化粧下地を丁寧に広げた。
〔今日は日勤なので、18時30分で引き継げたら上がれます!幸せです!〕
とーまくんこと藤間くんはLINEからも好青年感が溢れていて、少し眩しかった。時々とんでもない時間に返ってくるLINEが不思議で、何をしていたのか訊ねると「オール」や「クラブ」「バーベキュー」と返ってくる言葉に想像以上の若さがあった。その度に私は「若いね」「大学生だもんね」「夏休みだもんね」と線を引くような言葉ばかり返してしまっていた。
「大学生に弄ばれています…」
耐えかねて相談してしまった高山さんからは、この波に乗るよう、背中を押す言葉ばかりをかけられた。最初にした約束の日はスケジュールをどう調整しても3週間後が最短だった。けれど、どうしても外せない打ち合わせが入ってしまい、断りの連絡を入れざるをえなかった。
〔仕方ないですよ!高山班、正念場ですもんね!〕
聞き分けのいい返事に本当は少し残念な気持ちを覚えながら、まさにその通りだったから仕方ないと自分にも言い聞かせた。
〔今から会えませんか?〕
一変したのはその日の夜だった。
〔まだ出先だけど、何かあった?〕
こんなシチュエーションはZARDの歌詞の中だけだと思っていた。別班のイベント打ち上げ帰りだという藤間くんは、飲み足りないからと、私に連絡してきたそうだ。対して、海浜幕張でのイベント初日だった私は、仕込みに、運営のシミュレーション、マスコミ対応と前日からの徹夜明けだった。携帯電話の画面に写った私の顔は、化粧を直す間もなくこの2日は過ぎ、汗ばんでテカテカ。こんな顔では余計に会いたくない。東京に戻れるギリギリの時間、翌日のことも考えると早々に帰宅したかった。私はそのことを素直に伝えるも、この日の彼は引き下がらなかった。
〔いつこっちに着きますか?〕
何度断ってもその繰り返しだった。多分酔っぱらってのことだと思うけれど、ただをこねる子供のような姿は、普段の藤間くんからは想像しがたく、意外な姿に普段はどんなにしっかりしていても"年下の男の子"なんだと思い起こさせてくれた。その姿を思い浮かべると可笑しくて可笑しくて仕方なかった。
〔負けました(笑)明日はどうですか?〕
返事は直ぐに返ってきた。
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