第4話 高嶺の花子さん
別にモテないわけじゃない。繁華街をひとりで歩けばナンパだってされるんだから、本気を出せば彼氏くらいすぐにできる、とは思う。ただ、その相手は好きな人がいい。それだけのことなのに、好きな人ができない。別に焦ってなんかいない。とは言え、街で見かける意外性あるカップルたちに目が行ってしまう。どうやって付き合いだしたのか、馴れ初めが気になって仕方がない。そういうときの自分はきっと嫌な顔をしているんだろうな、と思うと心底自分が嫌になる。多分これが私に彼氏ができない理由だ。そう思えば、なんとなく頷ける。美人ではないけれど、言うほどのブスではない自分に欠点があるとすれば、きっとこの汚い心が容姿に透けて見えるのだろう。
それにしても東京にはきれいな人が溢れている。お化粧も上手で、スタイルのいい人が多いし、ファッションのセンスもいい。正直負けたなあと思う人たちは、芸能人みたいだし、みんな同じ人に見えるくらい、美人って大抵同じように整っている。そうなりたいかと言われれば必ずしもそうではないけれど、この人たちがまだひとりなら自分も仕方がないと思うのもまた事実だった。
世の中美人の方が得をするようにできているのだから、幸せの巡ってくる順番もきっと、殆どその順番と変わらない。好機もないのに動き出したって惨めなだけだ。婚期を逃さまいとする30女の憐れな姿を周囲に知らしめるだけ。それならばただ静かに、自分に巡ってくるであろうその順番をただ待つだけでいい。そう信じている方が、自分と誰かを比べずに済んでいるような気がして楽だった。そもそも仕事以外で無駄な体力を使っている場合ではなかった。考えてみると、恋愛することが怖くなっていたし、不用意に傷つきたくもないし、誰かを傷つけることで自己嫌悪にも陥りたくない。誰かを好きになって、そのこと自体が今の自分の妨げになるのなら、そのことに気がついてしまうこと自体が怖い。どんなに回りくどいことを言っても、自分が女なんだなと感じる瞬間は、恋愛自体を嫌いになりたくないところだった。それならば余計なことは考えてはいけない。今はただ毎日せっせと仕事をして、いつか偉くなったら仕事にも、時間にも、心にも余裕ができて…そんな起こり得ない未来には到底希望は持てないながら、夢見る気持ちだけはなんとなく捨てられなかった。
この年、バンマツリが散ってもなかなか梅雨にはいることがなく、やっと入った梅雨も明けるのも遅かった。7月、新宿駅の南口周辺の天井が黄色と青色の傘、てるてる坊主で装飾され、8月まであと3日という頃に東京の梅雨明けが発表された。その日、思い立って久しぶりに流行りものの映画を見た。神様に選ばれた能力を持つヒロインと、普通の少年のラブストーリー。話題の人気バンドが担当した映画音楽に周囲が涙しているまさにそのとき、きっと私だけがその作品に絶望していた。ヒロインとは当たり前にかわいくて、当たり前に周囲に愛される人ではなく、まっすぐに信念に向かって走れる人だということに気がついてしまったからだ。自分と他人を比べて、負けているとわかると戦いもせずに諦めるような人間である私はきっと、ヒロインにはなれないし、その素質がない。
でも、本当は思う。あんなに嫌だったポップコーンの匂いも忘れ、4DXの劇場で震えを感じるほどの音響の中、主題歌が全く頭に入ってなかったあの時の衝撃は、私の心の裏返しだ。私だってヒロインになりたかった。だから、きっとその事実に落ち込んでしまったんだ。
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