転生先の世界が平和過ぎたので悪役になることにした
Noa
プロローグ
俺には、夢がある。
「センパーイ、この書類お願いしまーす」
「おー…その辺に置いといてくれ…」
いや、正確には『あった』の方が正しいだろうな。何せ、子どもの頃の話だからな。
「あれ、もしかして先輩、寝てないんすか?」
「あぁ、今日で二徹…三徹目だったかな…」
「マジすか…オレも二徹目っす…今日はお互い、帰れるといいっすね…」
「そうだな」
曲がっていた背中をグッと伸ばし、気合いを入れ直してパソコンに向かう。
「ガキの頃は、サラリーマンになるなんて思ってもいなかったのになぁ…」
俺は昔からゲームが好きだ。特にRPGが好きで、俺の夢はずっと異世界へ転移して勇者として世界を平和にすることだった。
「今の俺は、勇者どころか村人Aだな…」
「はぁ…やっと終わったぁ…」
腕を伸ばして思いっきり伸びをする。
溜まっていた疲れが一気に放出され、腕がだらんと崩れ落ちる。
「さて…帰って寝るか…」
荷物をまとめ、自販機の前でコーヒーを買って飲んでいると、さっきの後輩がやってきた。
「お疲れさまです。上がりっすか?」
「お疲れさま。さっき終わったとこだよ」
「良いっすね。俺はもう少しかかりそうっすよ…ホント、ウチの会社ってブラックっすよね…」
大きなため息をつきながら、後輩は肩を落とした。
「就職したのはこっちなんだから、やる事はやらないとな…ほれ、これ飲んでもうひと頑張りしろよ」
冷えた缶コーヒーをもう一つ買って後輩に手渡すと、疲れた笑顔でお礼を言って、後輩はオフィスへと帰って行った。
「さて、俺も帰りますか」
駅のホームに着くと、人がちらほらと立っていた。
飲み会帰りなのか、新しいビールを片手に騒ぐ若者たちやグロッキーな中年。眠そうなOLに疲れを隠しきれない駅員。
「みんなも、疲れてるんだなぁ…」
苦笑しながらウォークマンにイヤホンを接続する。音量は一桁でも十分に聞き取れるくらい静かだ。
しばらくすると、グロッキーな中年がふらふらと若者の集団に文句を言い始めた。
「おい、あんたら、いつまでも騒いでいると周りの迷惑になるだろう。全く、これだから近頃の若い奴は」
若者のリーダーらしき男が中年男性を睨みつけて鼻で笑ったのが見てとれた。
「なんだよ、おっさん。自分がゲロ吐いて気分悪りぃからって、こっちに当たってくんじゃねーよ。あんただってさ、連れと酒飲んだら気分良くなって馬鹿騒ぎするよな?それをぶち壊される気持ち考えたことあんの?」
まるでマシンガントークのようにペラペラと言い返し始めた。とてもじゃないが、関わりたくない。
「なんだ?年上の言うことが聞けないってのか?あ?」
何故、あの男性は喧嘩腰なんだ。
疑問に思いつつ、下手に人の会話に入るわけにはいかないと自分に言い聞かせ、その場を見守る。巻き込まれないよう、視線はホームの向こうのビル街へ。
「年上だの年下だの、関係ねーんだよ!常識考えろってんだ!」
ヤバい、これ、乱闘になるな。
「ちょっと、お兄さんたちさ、もう少し冷静になりなよ」
まさかの第三者乱入で当事者たちの怒りは全てそっちへ向く。乱入したのはOLだった。
「おじさんもさ、気分悪いから楽しそうな声がカンに触るのはわかるよ。でもね、彼らの言う通り年齢は関係ないの。でも両方が言い方が悪い。だから、痛み分け。それで良いよね?」
先ほどまでの眠そうな表情はなく、天使のような笑顔でその場を宥めようとしている。あんな子がウチの会社にもいれば、とつい考えてしまう。
だが彼は納得していなかったようだ。
「何善人ぶってんだよ!こっちの問題に首突っ込んでんじゃねーよ!」
ドンッと女性の肩を押したのが視界に入った。同時に女性は脚の力が抜けたのか、カクンッと膝が折れて後ろによろけた。
「危ない!」
線路に落ちそうになると思った。
思うより速く体は動き、俺は叫びながら走っていた。
我に帰った時にはもう、俺の体は線路に飛び出していた。
「あ…」
女性は驚いた顔で突き放されたかのように後退っていた。少しだけ残っている腕を掴んでいた感触。俺は女性の腕を引いた代わりに落ちたのだろう。テレビで見たような場面に、俺は意外と冷静だった。
「…無事で、良かった…」
俺の意識は、そこで途切れた。
転生先の世界が平和過ぎたので悪役になることにした Noa @Noa-0305
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