第2話入学セレモニー

朝、入学セレモニーのすぐ後から授業が始まると聞いているグレイは、都の中心にある、アシュートという地区に足を運んだ。露店の間にはきちんとした店舗もあり、アシュートはいつも活気にあふれている。道を歩くと、今日の入学セレモニーに参加するらしい新品の制服を着た生徒の姿がまばらに目に入る。

グレイは羽根ペンと手帳、白紙を買うために"ブーギー文具店"に入った。

学校指定文具の取り扱い店舗だ。

木製のドアは古いのか、開けると甲高い唸りを上げた。

カウンターに立つバンダナを頭に巻いた男がいかつい顔でグレイを見る。

両腕には所狭しとタトゥーが彫ってある。なんともどうしてこのような雰囲気の悪い店が学校指定なのか。


「おいガキ、お前みたいないけ好かねえボンボンが俺の店になんの用だ」


男の口ぶりはまるで客に対する態度ではない。


「羽根ペンと手帳と白紙を買いに来た」


恐る恐る言葉を発した グレイの全身を舐め回すような視線を向ける。グレイの服装は王子の身なりとは差があるが、一般人の服装よりは高貴な雰囲気がある。

白いチュニックは外を歩いている婦人の服よりも綺麗に手入れされ、襟は黒で縁取ってある。グレイがチュニックを着ているのは、腰にあるサーベルが隠れるからだ。膝の上まであるチュニックは動いても、あまりめくれあがらないし、上からベストを着れば武器による不自然な膨らみも誤魔化せる。


「中世の貴族気取りか?」


中世にはチュニックとズボンを合わせた服装の男子が多かったらしい。今でもチュニックを着ている者はいるが、街中ではあまり見かけない。


「制服に着替えるから、服装にまで気をつけてなかった」

「ふん、街にそんな服装で来るやつは世間知らずの貴族くらいなもんだ」

「そうか。で?俺に羽根ペンを売ってくれるのか、どうなんだ?」

「どんな格好でも、お客人なら大歓迎だ」


男はグレイの服を見て、どこかの貴族が金や身分を利用して土地を取り上げにきたと思ったらしい。それだけ、ブーギー文具店は良い土地なのである。


「それは良かった」


グレイは胸をなでおろした。

男はカウンターから出てきて、グレイの前に仁王立ちになった。


「ガーディアンスクールの生徒だよな?」


男はにやりと笑い、店の奥に入っていった。両手に学校指定の羽根ペンと手帳を持って戻ってくるとグレイの手に渡す。

手帳のカバーは茶色いレザー調になっていてフラップが付いている。右上にはガーディアンスクールの校章である三本の薔薇が刻まれている。


「ガーディアンスクールの生徒なら、いつでも来い。俺はホープソンだ。みんなホープって呼ぶ」


ホープはグレイに右手を差し出した。


「無礼を働いてすまんかった。俺は態度の悪い金持ち野郎と王族が大の苦手なんだ」


グレイは苦笑いで握手に応じた。命が惜ければ、ホープには王族と明かすべきではないと肝に銘じる。


「紙は特になんでもいいはずだから、適当に100枚綴を3つくらい買っておけばしばらくはもつぞ」


グレイはホープのアドバイスを聞き、素直に従った。

会計を済ませたグレイの顔をじっと見つめるホープに、何かと訊ねると、ホープは顔を曇らせる。


「なぁ、お前さんもしかして------」


グレイは王子という身分がバレたのかと手に汗を握る。


「今年の特待生か?」


予想に反した質問に、手の力が抜けた。


「ああ。そうだよ」


苦笑いで答えるグレイにホープは満面の笑みで会話を進める。


「やっぱりなぁ!なんとなくわかったよ。見るからにお前頭良さそうだし」


チラリと時計を見ると、セレモニーの時間が迫っていた。

「悪い、ホープ。そろそろ出ないと、間に合わない」

「そうかそうか引き止めて悪かった。実は今日、俺の妹もガーディアンスクールに入るんだ。レイっつうんだけど、よろしくな!」

「会ったら、挨拶しておこう」

「ああ、またいつでも来い」


グレイはすぐに店を出て、急ぎ足で学校に向かった。

校門に着くと、流石と言わんばかりに大きな門で、校舎も芸術的である。校舎は300年以上前に作られたものだが、代々国による守護ガーデの力で整備、維持されている為、300年前の姿とまるで変わらない。学校の敷地は広大で、端々まで見て回るのには数日を要する。森や池、校舎も数棟敷地内にあり、まるで都市をまるごと1つ飲み込んだかのようである。

正門から最も近い校舎は、両開きのガラス戸を開けると、中央には二股の階段があり、真っ赤な絨毯が敷かれている。階段の踊り場にはステンドグラスで、伝説の守護者ガーディアンが描かれている。セレモニーが行われる講堂は階段を登って左手すぐにある。


「ローグット、制服を」


グレイは姿のないローグットに声をかける。ローグットはやはり、どこからともなく姿を現し、新品の制服を、グレイの手にあった文具と交換した。グレイは辺りを見回して、誰もいないことを確認すると、すぐさまその場でローグットの陰で制服に着替えた。


「ローグット、俺の命令を忘れていないよね?」

「もちろん、覚えています」

「失敗は許されないぞ」


ローグットはその場に跪くと、


「失敗は我が身をもって償います」


そう言い残して、ローグットは文具を置いて姿を消した。


「まもなく、ガーディアンスクール入学セレモニーを開会致します。関係者各位、新入生各位は速やかに講堂へお集まりください」


女性の丁寧な声で、アナウンスが校内に流れる。

グレイは目の前にある講堂の入り口のドアを開けて、中に入った。ステージ上には国旗と校旗が掲げられ、中央にはスピーチをする為に台が置かれている。ステージの近くには新入生がまばらに集まっている。


「今年の特待生一位の人かな?」


真っ白な軍服に金糸で作られた肩から前部にかけて吊るす、

飾緒しょくちょをあしらった姿勢の良い男がグレイに声をかけた。


「はい。グレイです」

「流石としか言えないな」


男は目尻を下げて、優しい声色で話す。

グレイは王宮で普段から教育を受けていて、入試問題はほぼ全て解いた。

簡単だと感じてはいたが、まさかの特待生になるとは思っていなかった。


「今年の特待生は5人だけなのだよ。前回は15人だったが、今年から問題が変わったから、入試問題のレベルが高くなったようでね」

「そうですか」


白い軍服はこの国では高位の象徴で、この男は飾緒が施されている分、そこいらの高位高官よりもさらに身分は高い。グレイがいままで飾緒の付いた白い軍服を着ている者を見たのは、王宮にいる宰相(王に任ぜられて宮廷で国政を補佐する者)だけである。

身分が高いとあれば、顔を知られている可能性があり、グレイは無意識に身構えた。


「緊張しているようだが、大丈夫かな?」


「ええ。なんとか、大丈夫です」


「私はハールの領主。エプソンだ。気軽に呼んでくれたまえ」


白髪混じりの頭髪は、後ろでひとまとめにして赤いリボンで結んである。


手入れの行き届いた爪を見ると、使用人が毎日ケアをしているようだ。


「君がどう受け取るかはわからないのだが、年寄りのたわ言だと思って一言だけいいかな?」


落ち着きのある低い声をさらに低くして、微笑んでみせた。


「私のことはあまり信じてはいけないよ」


それはどういう意味かと聞こうとするが、そのまま人混みに紛れて姿を消してしまった。





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