王子は存在感を隠しきれない

光間江合

第一章王子様は普通を知らずにいらして------

第1話 王子、脱走します。

雪が降る中、侍従じじゅうたちはすそを濡らして庭先を駆け回る。


「王子! 姿を現してください!」

「はぁぁ、もうっ!今日という今日は見つけたら王子だからって容赦ようしゃしませんからね!」


アナベル王妃付き侍女のイリンとアンナが、息を切らし西側庭園の中で足を止めた。


「イリン様、王子はいつも

なのですか?」

「ええ。アンナは初めてだったわね。王子は幼少の頃から姿をお隠しになるのが得意なの。一度見失うと半日は姿を見せてくださらないわ。我が主ながら、困ったお方ですこと」


イリンは王子の隠れんぼに慣れているが、王宮に入って一週間のアンナにとっては衝撃である。


「ここにはいらっしゃらないわ。アンナは東棟の厨房を見てきてちょうだい。早く見つけないと、王妃様にご迷惑をおかけすることになる------」


イリンはアンナに指示を出す。


足元の草花がかすかに動くのを見逃すイリンではない。



「王子、出てきてください」


イリンの足元の草花、ノースポールが揺れる。イリンの数メートル先で、銀髪の少年が立ち上がった。


イリンは王子がいると知っていてあえてその場からアンナを離れさせたのである。


「悪いな」


王子------グレイはイタズラな笑みを浮かべる。


「悪く思うなら、私を共犯にしないで欲しいものですが-----」


グレイは苦笑いで誤魔化した。


もアシュートへ?」

「ああ。日の出の頃には戻るよ」

「お気をつけて」


イリンはグレイにスカートの裾を掴み腰を軽く落とした、カーテシーと呼ばれる挨拶をして、その場から離れた。


「悪いな、イリン。しばらく王宮を頼むよ」


グレイは一人、そこにはいないイリンに詫びる。

グレイは西側庭園から一番近いレンガの壁に手を伸ばし、凹凸を利用して器用によじ登ると、王宮の外へ降り立った。

両手でお尻の汚れを払うと、下町の喧騒の中に消えてしまった。

王子の名はグレイ (グレイ・フォレスト・アースナイト・フィリップ)。

現国王の長男であるグレイは王位継承権第1位、つまり次期国王である。

イリンには申し訳ないが、日の出までに戻るという約束は果たせそうにない。グレイは明日の朝から国一番の学校である"ガーディアンスクール"に通わなければならないのだ。

グレイは王宮から少し離れたところにある宿を取った。床や天井、壁に至るまで薄汚れた古い宿だが、寝るだけであればなんら問題はない。

グレイの部屋には、つい今しがたまでグレイ以外の姿はなかったのだが、

ローグットという男はどこへいたのか、グレイが名を呼ぶと突如グレイの後ろに現れた。

ローグットは整った顔立ちで、男のグレイが見ても、一目惚れするほどにある。

金色に輝く髪はまるで古の絵画に出てくる天使を彷彿とさせる。


「ここにいます」


グレイは後ろからの声に少し驚いて肩を跳ねあげたが、すぐにローグットと向かいあった。


「お前に調査してほしいことがある。明朝から取り掛かり、できうる限り早く報告がほしい。出来そうか?」


ローグットが決して出来ないと言わないのは、グレイが一番知っている。


「何を調査すれば良いのですか?」

「ここ一週間の間に、王都であるこの地で民が殺される事件が多発してるということは耳にしているな?」

「はい。知っています」

「殺された者達には共通点がある」

「共通点、ですか」


ローグットは興味を示した。


「女性が多いと聞きましたが」

「確かに標的ターゲットとなった被害者16人中14人が女だ。だが、俺の見つけた共通点はそこじゃあない」

「どんな共通点があるというんです?」

「学校だ。中には元生徒もいた。全員学校に関係する者だった」

「ガーディアンスクールを探る、と?」

「御名答。お前には俺が入学セレモニーに出席する間、校長室を探ってきてもらいたい。俺がほしい情報は、被害者16人と校長との間に接点があるかどうかだ」

「そのような情報が見つかるでしょうか」

「まず見つからないだろうな」

「殿下、では私に何をさせたいのです?」

「これから説明する」


グレイは腕を組んでしばらく考えると、左口角を上げる。


「いい考えがある」


ひと通り説明を受けたローグットは眉間に皺を寄せて、


「無理難題は御免被りごめんこうむります」


一言で主の命令を断った。しかしグレイには切り札がある。


「お前に出来ないなら------、

梅華バイカにやらせればいいだけだ」


グレイは口ではそう言いつつ、毛頭そのつもりはない。

ローグットは目を閉じて、深呼吸をする。中性的な美しすぎる顔立ちが不満を含んだ表情になる。


「梅華殿の手をわずらわせるわけにはいきません」


グレイはローグットの降参にやれやれ、と言わんばかりに肩を落とした。


「なら、お前がやれ」


駆け引きはグレイの勝利。グレイはベッドに腰掛けて、足を組んだ。


「ローグット、お前はどうしてそこまで梅華のことを案じる?お前達に何があったのだ?教えろ」

「それは------」


ローグットは視線を一瞬泳がせると、

ゆっくりとグレイの瞳に目線を合わせた。とても冷たく、鋭い眼差しで感情を読ませまいとするローグットの自己防衛がグレイにはもどかしい。


「それは王子としての命令ですか?」


グレイは視線を落とし、首を横にふる。


「今の言葉は忘れろ」


グレイはローグットにそれ以上のことを何も聞かなかった、いや、聞けなかった。


「今日はもう休め」


グレイに解放されたローグットは一礼して、一瞬でその場から姿を消した。

ローグットは王宮に来る前の話をしたことがない。それでも、グレイはローグットと梅華に絶対の信頼を寄せている。ただ、ローグットの方が自身に信頼を寄せてくれていないのではないかと度々不安に駆られてしまう。

グレイは腰のサーベルを外してベッドの下に隠すと、不安を打ち消すかのように護身用の短剣を枕の下に忍ばせて、明日の入学セレモニーに向けて少し早めに眠りについた。

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