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 一見健全な男女のように見え、その実性別が真逆という取り合わせについて、所詮は他人なので口を挟む筋合いではない。

 しかし、明らかにこちらを気にしているグレイスに知らぬふりをして、テトラはひたすらにメイラばかりを構うものだから、ここから数日お世話になる商船の船長に対して、多少なりとも心証は悪いに違いなかった。

 完全にとばっちりもいいところだ。

 テトラに、女性には優しくするべきだと言い聞かせるべきか。いや、どう見ても美女な彼にそんなことを言うのはおかしいだろうか。

 何とも微妙なふたりに挟まれ、かろうじて笑みらしきものを保てた自分を褒めてやりたい。

 離宮でのあのあとどうなったのか、マローやルシエラや近衛騎士たちの安否を聞きたくて仕方がなかったのだが、グレイスがいるのでそれも口にできず。商船に乗り込む頃にはかなり気疲れしてしまった。

 ようく個室に案内され、出航準備と打ち合わせがあるとかでグレイスとダンが席を外し、軍艦よりはかなり手狭だが、趣味の良い内装の部屋のドアがきっちり締まるのを待って……抑えきれない長い溜息をこぼしてしまった。

 よろよろと備え付けのベッドに向かうなり、そのままダイブして横になりたくなる。

「さぞお疲れでしょう。温かいお飲み物を用意いたします」

「テラ、言葉遣い」

「誰も聞き耳を立ててはおりませんよ。そうですよね、スカー」

 狭い室内にもかかわらず、ためらうことなく同じ部屋にはいってきたスカーが、しきりと周囲を確認しながらこっくりと頷いた。

 彼が素早く部屋を見回し、その後ぐるぐると壁際を何周も回り、更にはコツコツと気になる部分を叩いてみる仕草は、まるでテリトリーの安全を確認している動物のようだ。

 もちろんそんな感想を抱いたなどと、口には出さない。

 しかしテトラも同様に感じたらしく、最初は用心深くスカーの動向に目を光らせていたが、やがて少し唇をほころばせた。

「皆は、どうしていますか? 幾人か死者がでたということは聞いているわ」

 ようやく聞きたいことが言えて、メイラはほっと息を吐いた。 

 テトラはもう一度スカーのほうに視線を向けてから、「はい」と静かに言った。

「まずはお飲み物をお持ちしましょう。出航するまで少しかかるそうですから、まだ安心はできません」

「テトラ」

 口の重いその様子が、想像していた以上の被害を感じさせた。一気に顔面から血の気が引き、ぎゅうと鳩尾の当たりが痛む。

「ごめんなさい。あなたの口から聞くしかないの」

 男女のあれこれについて戸惑っている場合ではなかった。

 ダンよりも現場にいたテトラのほうが詳細なことを知っているだろう。聞かなければならない。メイラには、その義務がある。

 手指が白くなるほど握りしめたその手を、男性にしては薄い掌が包んだ。

 ベッドに座るメイラの前に膝をつき、泣きたくなるほど真剣な表情で見上げられる。

「気に病まれることはございません。皆、職務を全うしただけです」

「いいえ。いいえ」

 メイラは彼の目をまっすぐに見つめ、首を振った。

「わたくしの少しの対応の遅れが、こんなことに」

「御方さま」

「わたくしが終生背負っていかねばならない咎です」

 もう一度、ぎゅっと握る手に力が込められた。

「襲った方が悪いに決まっているではないですか」

 テトラの表情は歪んでいたが、その形の良い唇からメイラを責める言葉は出てこなかった。

「被害を受ける謂れは、こちらにはありませんでした。剣を振るいこちらに切りかかってきた方に非があります。我々はそれを受け止めるための楯であり、こういう時の為にはねのける剣を磨いてきたのです」

 真摯なその表情が、一瞬だけ出来の悪い妹でも見るような目になって、目じりがほんの少し困ったように垂れた。

「姉は片腕を切り飛ばされました」

「……っ」

「わたしが傍を離れた時には、容態はまだ安定しておりませんでしたが、特級のポーションの支給があったようですので、間に合っていればすぐ職務に復帰できると思います」

 目の奥がジンジンと痛んだが、意地でも泣くまいと涙は堪えた。

 間に合っていなければ……どうなるのだろう。マローは腕を失ったまま、不自由な人生を歩んでいく羽目になるのか? 最悪、すでにもう命を失っているのかもしれない。

「女官殿のほうは、姉にその手配をしてからどこかへ行かれてしまいました」

「無事は無事なのね?」

「わたしが最後に見た時には、話しかけることのできる雰囲気では到底なく……怖いのであの人」

 テトラはふっと笑い、「それでは、温かい飲み物を用意しますね」と静かに言った。

 立ち上がる寸前に、もう一度だけ手に力が籠められる。

 彼はマローについて楽観はしていない。最悪の場合をも覚悟しているのだろう。

 大丈夫ですよと囁くその声は、見た目はどんなに美女に見えていても、覚悟を決めた男性のものだった。

 とはいえ、彼なりに心の整理がまだできていないのかもしれない。

 ぱたり、とドアが軍艦のものよりもかなり軽い音を立てて閉まると同時に、狭い密室内でスカーとふたりきりという空間ができあがってしまった。

 貴族でなくとも、男女が密室にいるというのは外聞がいいものではない。

 たとえば設定が奴隷であったとしても、いやだからこそ、いかがわしい事が行われていると決めつけられてもおかしくない状況だ。

 狭い部屋の中で男性とふたりきりという状況に、どうにも落ち着かない尻を動かしたところで、こんな時なのに何を考えているのだろうと己を責めた。

 先ほどまでテトラに握られていた両手を見下ろして、もういちど深く嘆息する。

 もしこの祈りが御神に届くというのなら、どうかこれ以上メイラの近しい人々を冥府に連れて行ってくれるなと願いたい。

 人間の生き死になど、偉大なる御神にはかかわりあいのないこと、蟻の巣の働き蟻一匹に向ける情程度しかないのかもしれない。それでも、どうかどうかと懇願せずにはいられない。

 マローが生きていますように。無事腕が元に戻りますように。

 他にもいるであろう負傷者たちが、皆命を拾ってくれますように。

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