第59話

 ダンが鋭く舌打ちし、メイラを片腕に乗せるように抱き上げ、いつでも長剣が抜けるようにマントを肩にかけた。

「不審者だ!!」

 長身の騎士が声を張り上げ、ダンの頭上に迫ってくる剣を巨大な剣で弾いた。

 近くにいた騎士たちの視線が一斉にこちらを向き、ますますメイラの顔面から血の気が失せる。

「……この女が罪人だ!!」

 襲ってきた男たちは、灰色のマントに身を包み、どこかの私兵なのだろう統一した装いをしていた。マントの下の装備は軽装だが、それなりに熟練した身のこなしをしていて、こげ茶の武骨な編み上げブーツを履いている。

 あの何処とも知れぬ建物の中で、ユリウスに襲われるメイラを劣情交じりの目で見ていた連中だ。

「女? どこにいるんだそんな者。いい加減なことを抜かすな!」

「そこにいるだろう!! 黒髪の男が抱えている……」

「病気の少年に何を難癖つけている。お前らこそどうやって陣内に入り込んだ? 身検めを受けた者ではないな?」

 長身の騎士が、ぐい、と男たちの視線を遮るように前に出た。

「ちょっと話を聞かせてもらおうか? 武器を置いて、おとなしくしろ」

 薄い金髪のその騎士は、長身だがやせぎすで、重そうな装備が身の丈に合わず不格好にすら見えていた。しかし、金がかかっていそうな鎧や大剣を見ればわかるように、それなりの身分のものではあるらしい。彼が連中を不審者と断じると、周囲の騎士たちも剣を抜いて取り囲み始める。

「ち、違う。俺たちリュード枢機卿の外回りの護衛で」

「はぁ? 枢機卿さまの護衛? そんな者がどうして子供を殺そうとするんだ? 父親もろとも問答無用に切りかかるなど、穏やかな話じゃないな」

 メイラはフルフルと震えながらダンの胸に縋った。

 恐ろしかった。

 急に揺さぶられたことに対する眩暈と吐き気と寒気に尋常ではない恐怖が加算され、まともに顔を上げていることすら難しかった。

「我々が探しているのは、総督閣下のお宅で重要な情報を盗んだ敵国スパイの娼婦だろう? こんな小さな、しかも病気で具合が悪そうな少年のどこが娼婦だ?」

「……っ! 疑うならその娘をここで裸に剥いてみればいい!」

 編み上げブーツの男たちは三人だった。対して、彼等を取り囲む騎士たちは十人以上いた。状況が良くないと判断したのだろう、リーダー格の男が、真っ青な顔をしているメイラに人差し指を突きつけて叫ぶ。

 周囲の視線が再びこちらに集中した。

 ドクドクと心臓が大きな鼓動を刻む。

 女だと見破られてしまうかもしれない恐怖が、体調の悪さを相乗させてガタガタと震える。

 やがて何をどう思ったのか、金髪のひょろりとした体格の騎士が腹立たし気に顔をしかめた。

「……貴様らは何だ、誇り高き我ら騎士に対し、具合の悪い幼い子供をこんな寒い中素っ裸にしろというのか?」

「あの女は子供じゃない! 金で男を咥えこむ身持ちの悪い娼婦だっ」

「ち、違います! ……僕は」

 思わず反論しようとした声はしわがれていて、酷い有様だった。ゴホッゴホッと濁った咳がこぼれ、ひゅうひゅうと喉が鳴る。

「しょ、娼婦なんかじゃないです」

 最初は多少の疑いもあったのかもしれない。

 しかしメイラはあまりにも小柄で、抱いているダンとの体格比がそれを更に増長して見せていた。

 下手をすると、十三歳どころかもっと幼い少年に見られているのかもしれない。

 不本意だが、今のこの状況を誤魔化せるのであればそれも天祐。

 わざと頑是ない風に首を振って見せると、舌打ちした男たちがメイラをものすごい目で睨んできた。それを見守っていた事情を知らぬ騎士たちの視線が、どんどんと彼らを非難するものに変わっていく。

「……どういう事情があるにせよ、問答無用に人に切りつけてもいい法などない。例えばこの男が重罪人で、お前の身内を殺した犯人であるとしてもな。子どもであればなおさらだ。大体、リュード枢機卿さまとこの少年にどんな関わり合いがあるというのだ? 枢機卿さまが殺せと?」

「っち、総督の命令だとしてもか?」

「はぁ? 今度は総督閣下の名前を出すのか? お探しの娼婦がこの子だって? まあ仮に、百歩譲ってスパイだったとしても、貴様らが我らの目の前でこの子を殺す理由にはならん」

 長身の騎士が合図をすると、取り囲んでいた騎士たちがジリリと輪を縮めた。

「剣を置いて投降しろ。詳しい話を聞かせてもらう」

 次に起こったことは、ほぼ一瞬の出来事だった。

 男が灰色のマントの中に片腕を突っ込んだことに、誰もが気づき警戒していた。

 しかしそれを制止する間もなく、手のひらサイズの鋭利な刃物が投擲された。

 メイラは、己の方へまっすぐ向かうその軌跡を、奇妙にゆっくり感じながらただ見ていた。

 その一秒に満たない短い時間で、死ぬのかもしれない、と漠然と感じた。もともとの具合の悪さもあった。命の終わりを自覚して、仕方がないと思う程度には状況に疲れていた。

「……っ」

 結論を言えば、メイラは死ななかった。ダンがマントの一振りでナイフを防いでくれたのもあったし、投擲直後に騎士たちが連中を拘束したので次打が来なかったという幸運もあった。

 ただし、ダンの腕があまりにも強固にメイラを抱きすくめたので、それが丁度首を絞める状態になって意識が沈む寸前まで行ってしまった。

 ダンの腕の力が緩み、そのまま腕から落ちてしまいそうになる。

 慌てて抱え直されるが、その頃にはもう荒い息しかつく余裕はなかった。

「何事だ!」

 騒ぎを聞きつけた何者かが駆け付けて来たのも、その男の前で騎士たちが膝をついて礼を取ったのも、メイラは知らなかった。

 喉がら空気が上手く吸えない感じがして、朦朧とした意識の中ゼイゼイと喘ぐ。

 薄めに開けた目に、キラキラと金色の髪の色を見た気がした。

「何の騒ぎだ」

「はっ、枢機卿さまの護衛だと名乗る不審者が、幼い少年とその父親に切りかかろうとしたので拘束しました!」

「……不審者だと?」

 会話の声は遠い。

「いえ、この男は被害者です。投げナイフまで飛ばして少年を殺そうとしたのはこちらの、」

「その黒髪の男を拘束し、女をこちらへ」

「……は?」

「いいから命令だ! さっさと女を……っ?!」

 ばさり、とシーツが強風にあおられるような音がした。

 よく聞き取れない会話が途切れ、代わりにどこかで劇中の役者が上げるような大音量の悲鳴が上がった。それを皮切りににして、あちらこちらでパニックを起こしたような騒ぎになる。

「りゅ、りゅ、りゅ竜っ!?」

「どうして翼竜が」

「青竜騎士団か!!」

 朦朧としていたメイラは知らない。

 三十数頭もの巨大な翼竜が、曇天の空を埋め尽くさんばかりに飛んでいる情景を。

 生物としての絶対的な強者が、群衆及び騎士たちを圧倒していた。強い風が頭上から吹き付けて、人々は本能的に手で顔を守ろうとする。

 その向こうでは、数頭の翼竜が急降下の体勢に入っていた。彼らはメイラたちがいる天幕と天幕の間に降り立とうとしているようだった。

 中でも目立つのはひと際体格の良い青い翼竜。

 指揮官らしきその男の事を知っている者は多かった。

「……ロバート・ハーデス青竜将軍」

 誰かが囁いたその名前は、失せかけたメイラの意識にほんの少しの引っ掛かりをもたらした。

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