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「……服を脱げ」

「え」

 灰色の目の騎士が、至極真っ当な口調で言った。きわめて事務的な雰囲気で、乱暴でも横柄でもないのだが、メイラにしてみれば仰天なものだった。

「上も下も下着も全部だ」

 この国には、子供を守る法律がある。

 もともとは性産業目的での子供の売買を禁止する為のものなのだが、ここ最近では法律だけではなく、子供は守られてしかるべきという風潮が定着してきている。孤児であれ、貧民の子であれ。

 故に、どこからどう見ても成人前の少年にしかみえないメイラを、衆目の中裸にするなど常識では考えられない事だった。

「どういうつもりだ。あんた少年性愛者か?!」

 メイラは真っ青になって立ち尽くし、ダンは剣の柄に手をあてんばかりの勢いで唸る。

「あはははは、んなわけないでしょ」

 もはやどうしようもなく、決死覚悟の力づくで逃げ出すしかないのかと思っていたその時、天幕の裏口をまくって中肉中背の男が現れた。

「副官殿は仕事熱心なだけですよ。だって服着てたらホントは女の子かどうかわからないじゃない」

 メイラは涙の幕の張った目でその男を見上げた。

 濃い茶色の髪の、若い男だ。しかし目だけは、見覚えのある琥珀色だった。

「まあ、後がつかえてますからさっさと済ませましょう。はい万歳」

 メイラはおずおずと両手を上げた。

 男の手がささっとメイラの胸に触れる。

「胸なし」

 殴ってやろうか。

 男は明らかに面白がっている表情でにやりと笑い、ぶかぶかズボン越しにメイラの股間をぎゅむっと握った。

「っひゃあ!」

「はい、ちっちゃいけどちゃんと男の子だね」

「ち、ちっちゃいとか!!」

「ごめんごめん」

 ぽんぽん、と頭を撫でられた。

 脇からダンが奪い取るように引き寄せ、ギッと男を睨む。

「子どもになんてことをするんだ!」

「俺もね、したくないんだけどねこんなこと。でも仕事だからさ。……はいはーい、次の方どうぞ」

 さりげなく、背中を押された。

 灰色の目の騎士がため息をついて、首を振る。了承したのはおそらく、メイラがあまりにも貧相な体格のせいで、探している女の情報にあてはまらないとみなされたからだろう。

 唯一の該当点である目を引く黒髪も、父親譲りと言われればそうなのかと思う程度のものだ。

 メイラはダンに抱きかかえられるようにして天幕を横切った。

 最後に、テキパキと仕事をこなす茶髪の騎士の後姿を目に焼き付ける。

 あれはユリウスだ。髪色は違うし、顔立ちも違って見える。声のイントネーションも少し違う。

 しかし、奥二重のあの三白眼は見間違えようもない。

 どうして彼が騎士としてここに居るのかはわからない。あの後、死体を遺棄するために編み上げブーツの連中と合流して、そこで何かがあって今の状況なのだと思うが、時間的にも改めて騎士団に潜り込むのは難しいはずだ。

 メイラはすっとその背中から目を逸らした。無事でよかった。詳しい事はよくわからないが、またも危機を救ってくれたことに感謝しかなかった。

 ああ、次に会ったら張り手をかまして蹴飛ばすつもりでいたのだった。必要に駆られてかもしれないが、またも破廉恥に身体を触られてしまった事を思い出して唇を引き結ぶ。

 やっぱり蹴飛ばすだけでは足りない。子どもたちからは悪名高い、メイラ特製『なんでも言うこと聞きます券』を作ってこき使ってやろうか。

 そんな場合ではないのに、修道院の屋根の修理を頼もうか、草抜きを頼もうかと妄想してしまった。

 メイラは大股に進むダンに抱えられて天幕を出た。ちらりともユリウスのほうは見なかったし、おそらく彼もこちらを見てはいない。

 大丈夫だとは思うが、彼が無事に職務を果たし、生き延びてくれることを心の中で祈っておいた。是非とも次に会う時までに、『なんでも言うこと聞きます券』を作っておかなければ。

 天幕を出ると、外の冷気が一気に襲い掛かってきた。

 これまでは緊張感からかさほど感じていなかったのに、急に寒さにやられて奥歯がガチガチと鳴った。頭からすうっと血の気が下がっていくような気がする。

 ここで倒れて目立つわけにはいかない。

 メイラは必死で意識を保とうとした。しかしその顔色の悪さは傍目にも明らかだったのだろう。ダンが慌ててメイラにマントを着せ、更に上からダンのマントで風を遮る。

「もう少し頑張れ」

「……マローは」

 ダンの返答はなかった。

 メイラとてわかっている。見るからに女性であるマローは拘束されるだろう。まさかすべての女性が殺されるわけもないから、そのうち疑いが晴れて釈放されるのだろうが、時間がかかると思っていい。

 この先は、彼女抜きで逃げ切らなければならない。

 メイラさえいなければ、マローも先ほどの妊婦もユリウスも、さほどの危険はないだろう。今できることは、一刻も早くこの場を立ち去ることだ。

「そこの黒髪の男、待て!!」

 あと少しで、身検めを終えた集団と合流できるというところで、すれ違った騎士に呼び止められた。

「……はい」

 メイラを抱えるダンの腕が、ひどく緊張した。

「そのマントの中を見せろ」

「息子です。風邪をひいて熱を出していて」

「いいから見せろ!」

 マントの中で、ダンが剣の柄に手を置こうとしたのに気づいた。

 メイラは必死でそれを押さえた。

 思い出してほしい。今の彼女はどこからどう見ても少年なのだ。下手に抵抗するよりは、素直に従っておいた方がいい。

 複雑な心境にならないわけではなかったが、心の中で「わたしは男の子。男の子。男の子」と繰り返し自己暗示を掛ける。

 ダンが用心深くマントの隙間を広げた。

 身分が高そうなその騎士は、やけに無表情なダンに警戒した様子だった。両手剣らしき大振りな剣の柄に手を当てて、すぐにも抜けるように身構えている。

 遮られていた氷のような風が頬を打ち、メイラはぎゅっと目を閉じる。

 何事もないよう祈ってはいたが、今にも鋭い詰問の声が続くのだろうと半ば覚悟していた。

 しかしいつまでたっても恐れていたようなものはなく、ややあって背の高い騎士が歩み寄ってきてこちらを覗き込む気配がした。

「……顔色が悪いな」

 その声がものすごく近くて、ひゅっと息を吸い込んだ。

 冷たい空気が肺を満たし、ゴホンゴホンと痰混じりの咳が出る。

「医者には見せたのか?」

「……いえ」

「このまま寒いところにいると悪くなる。控室があるからそちらで少し休むがいい」

 これは親切なのか? 疑われているのか?

「ご配慮ありがとうございます。ですが」

「今日は雨になるらしい。気温はまだ下がるぞ。……ルーナを迎えにソルが来られる」

 騎士の言葉ははっきり聞き取れなかったのだが、ダンの判断はメイラには思いもよらぬことだった。無言で一礼して、案内されるままに歩き始めたのだ。

 どうして、と質問しようにも、傍に武装した騎士がいるので声を出すことができない。

 くいくいとマントを引いても、腕をつかんでも、視線はこちらを向くが立ち止まってはくれない。

 ダンのことを疑うわけではなかったが、このままよくわからぬところに連れて行かれる危機感だけが増していった。

「そこの男!」

 どうすることもできずにいるうちに、再び誰何の声が響いた。

 それは、方々から聞こえる喧噪に紛れる程度の小声だった。

「何だ? お前らどこから入った……おい!!」

 そばに居る騎士が、いぶかし気な声で応えをかえしていたのだが、ガキンと身をすくめてしまうような音がして、双方が剣を抜いたのだと知った。

 メイラを懐に抱き込んでいたダンが、素早くその場から飛び退いた。

 閉ざされた視界の向こうで、ブン!と重く空を切る音。ザクリと土を削る音が続く。

 はらり、と前で合わせていただけのマントがはだけた。

 冷気と同時に、四方からの鋭い凝視がメイラを襲う。

 抜き身の長剣を振り抜いたばかりの男と目が合った。若干血走った、焦りが混じったような目だった。

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