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カトリックでは日曜日の朝九時からミサというものが行われ、ぼくは火急の用事がない限り、家族と共に参加する。ぼくは小学生のころに洗礼を受けた信者だからだ。洗礼の義のときにもらったロザリオを今でも使っている。
ミサでは信者たちが集い、ぶつぶつとお祈りの言葉を唱え、抑揚のないメロディーで作られた聖歌をオルガンの音と一緒に歌う。キリストによって、キリストと共に。神父さんの朗々とした声に、ぼくらはこうべを垂れて、自らの許しをこう。少しいびつな空間だといってもよかった。
聖なるかな、聖なるかな、万軍の神なる主。主の栄光は天地に満つ。
イタリアからはるばる片田舎までやってきたという神父さんは、あまり上手ではない日本語でお祈りを読んだ。バングーンノ、カミナルシュ。シュウーノエイコウハ、テンチニミツ。というように、イントネーションのつけ方が変だった。ぼくはそれを毎週聞いたせいで、お祈りの言葉をいうときは一緒になまった。今でも、そのイントネーションでお祈りの言葉を唱えてしまう。
ミサの中ほどになると、白いパンが神父さんから配られる。それは、牛乳瓶の蓋のように薄っぺらい。ぼくら信者は神父さんの前に並び、左手を上に乗せて、キリストに賛美。アーメンと返しながらそれを口に入れる。
まだ洗礼を受けたばかりで、何もわかっていない頃に、もう亡くなってしまった祖母に聞いたことがある。どうしてあれを、味もしなくて、甘くもないあれを食べないといけないの? 祖母は言った。
あれはキリストのさまのからだなんだよ。
幼心に、この答えに納得がいかなかった。わけのわからない答えを返して、子供を煙に巻いているんだとも考えた。しかし、ある程度、歳を重ねた今ならわかる。あれは本当にキリストのからだだったのだ。みんながそう思っているということが大事なのだ。キリストのからだはぼくの舌の上で、なんの味も残さずに溶けていく。
ぼくは祭壇の上を見上げる。そこには苦しそうに顔を歪めて十字架にはりつけられた、イエス・キリストがいる。その苦しみの跡は、木彫りになっても深く顔に刻まれていた。それはそうだろう、無実の罪を被せられ、なんども鞭で打たれたあげく、手のひらを釘で打たれて、お腹をやりで刺されているのだから。どんな無茶苦茶な拷問だろう。もしもぼくがそんな苦しい死に方をして、死後から二千年が経っても語り継がれたら、ぼくは嬉しいだろうか?
教会には、告解室というものがある。その部屋はついたてで区切られていて、区切られたそれぞれの空間には椅子が置いてある。片方には神父様が、もう片方には信者が入室する。神父様から、信者の顔は見えず、信者からも神父の顔は見えない。ついたての向こうから声だけが聞こえる。信者はその部屋で、自らの罪を告白する。神父様はその罪に対して、解決策を提案するわけでもないし、贖罪を求める訳でもない。ただ、聞くだけだ。そして、終わりにこう話す。行きなさい、主の平和のうちに。そんな風にして、神を介し赦しを与える。
この行為になんの意味があるのかと問われれば答えるのは難しい。ミサの途中で配られるパンと同じで、存在することに意味があるのだ。
ぼくも告解室に入る。まもなく、ぼくより少し遅れて神父様が入室されたのが、ドアの開け閉めする音でわかった。
ぼくは懺悔を始めた。
「ぼくは、罪深い人間です。届かぬ人に恋をしてしまいました。ぼくも男の身でありながら、彼も男です。このことを神様はけしてお許しにならないでしょう」
「彼はぼくとは違い、品行方正を絵に描いたような人間です。彼が笑えば、春風が吹き抜け、あたり一面に花が咲きました。彼はそういう力を持っています。ぼくのような、どろ溜まりに息づくねずみのような人間が好いていい人間ではなかった。あまりに身の程知らずだった」
「クラスで一番輝いているように見える彼を、ぼくは手中に収めたかったのだ。みすぼらしい物乞いは宝石を求めてはいけない。だけどぼくは欲しかった。見ているだけじゃなくて、自分のものにしたくてたまらなかった」
「ある日、ぼくはとうとう、禁忌のわざに走ってしまった」
「彼の私物をひとつ、盗みました。大して高価なものではありません。特別なものでもありません。ドラッグストアでいくらでも手に入る、代わりのきく生活雑貨にすぎません。彼もそれを特別愛用しているわけでもなく、むしろなくなったことにさえ気づいていない様子でした」
神父様はただ、静かに聞いている。何も言わない。イタリアから来たという神父さんは、とても体が大きい。地中海のさんさんとした陽と、豊かな魚介類を食べて育ったんだろう。手の平は大きく、体も大きく、ぼくは神父さんと喋ると萎縮してしまうような気持ちがした。でも、静かで穏やかな神父さんは、今はぼくの告白を静かに聞いているだけだ。
「ぼくは気づいたのです。彼の私物を手に入れたところで、ぼくが本当に欲しいものは何ひとつ手に入らないという事に。そのことに気づくまでに大変な労力を使ってしまった」
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