第4話 そして勇者は夢を見る その4
朝はいつも不思議な気持ちになる。
それが安らぎなのか、違和感なのか。シオンには分からない。
ただ今日、目が覚めた時。それ以外の感触に包まれていた。
熱いくらいの体温と。
芳しい独特の香りと。
ぎゅうと身体を締め付ける、褐色の腕と脚と。
「うーん。シオン……いい匂い……」
全身に絡みつくレオナの感触。
形の良い鼻がシオンの首筋や耳の裏を這い回り、すんすんと匂いを嗅いでいる。
絡みつくような吐息がくすぐったい。
「レ、レオナさん……」
寝る前にレオナが付けていた黒布は、いつの間にか外れていた。
今では二人の足元でくしゃくしゃになっている。
シオンにレオナの風習は分からない。
だけれども、普段執拗に隠している部分が、露わになって自分の身体に擦り付けられる。
それは、シオンにとっても赤面させられる光景で。
「レオナさん。ちょっと、本当にこれは……」
そうでなくても、柔らかい唇が耳の裏や肩口を這い回る感触は……。
「流石にわいせつが過ぎますわね」
ごつん、とレオナの頭をフレイルが叩いた。
「……んん? ……あ……シオン?」
レオナはぼんやりとした視線でシオンを見る。
白木の当たった音は相当に痛そうだったが、頑丈なレオナの頭は大した痛みも感じていないようだった。
それからレオナはぼーっとした目で目をこする。
あらあらまあまあと、面白いものを見るようにドナが見下ろす。
くんくんと自分の腕の匂いを嗅ぐレオナ。
しばらくぼーっと、匂いを嗅いで。
「…………うわあああああああああっ!?」
レオナは途端に赤くなる。
弾けたように後ろに這い下がる。
そしてそのままベッドから転がり落ちた。
「朝からいやらしいですわよ。レオナ」
「ちょっとこれ、どういう事!? 布はどこにやった!?」
両手で顔を隠して左右をきょろきょろ。
脱ぎ捨てられた黒い布をようやく見つけて、慌てて顔に巻きつける。
「自分で取ったのではありませんか」
「そんな訳あるか!」
「レオナ。貴方、普段寝る時は布を外しているではありませんか。それで今日だけ付けて。外さずにいられると思う方がおかしいですわね」
「…………」
むう、とレオナは黙り込む。
恥ずかしげな視線でシオンを見上げ、何かを言おうとして又口を閉じる。
「眠っている間は隠した欲望が表に出てくると申します」
「……隠した欲望って……」
「シオンの匂いを嗅ぎたいという欲望ですわね」
「……いやそれは……」
「もしくはその先か」
「……ちが……ちがう!」
「そもそもレオナは隠しておりませんが」
おほほほほ、と手を口元に寄せて笑うドナ。
そんな仕草すら、ドナがすると上品で洗練されている。
「ああああああああああああああああああ」
対して床上に胡座をかいて頭を抱えるレオナの姿。
真っ赤になってあわあわとしている様子は、幼い子供のようで愛らしい。
なんだか、母娘がじゃれあっているみたいだと、シオンは思った。
「レオナさん。ボクは別に大丈夫ですよ」
罪ない顔でシオンは言う。
その顔が、レオナの顔色をますます赤くさせる。
「アタシが大丈夫じゃないんだ!」
たまらないと叫ぶレオナの声が、『真紅の女主人』亭の端々まで響いていた。
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