第4話 そして勇者は夢を見る その3

 『勇者』が眠りについていた。

 魔物避けのまじないを施したキャンプの中、毛布を巻いて眠る少年。

 目を開けば暴威を振るう『勇者』も、眠る顔はまだ幼い少年のものだった。


「よくお眠りで」


 その寝顔にアリアは手を伸ばし、触れる直前で手を戻す。

 触れたら『勇者』は目覚めてしまうだろう。

 それは彼女には、避けたい所だった。


「ええ。よくお眠りね」


 皮肉げなフレアの声。

 この姉妹は、どうやっても意見が合わない。

 それでも行動を共にするのは、お互いの利害が一致するからだ。

 瓜二つの美人姉妹。と言うのも、彼女らの大きな価値の一つでもある。

 血筋や家柄だけで生きていける程、世の中は甘くは無かった。


「それで? コーザ様は色々とご活躍なされているご様子ですが。報告はどのような?」


 アリアが尋ねる。

 魔物避けのまじないをかけたのは彼女だ。

 コーザが人目を避けてキャンプを離れ、何者かと接触していた事は彼女にとっては手に取るように分かる事だった。


「言う必要がありますかな?」

「あら、仲間ではありませんでしたっけ? 私たち」


 コーザに蔑みの視線を向けるアリア。

 それにフレアも同調する。


「仲間であれば、隠し事は必要ありませんものね」

「よもや勇者様の害になる事など、考えてもおりませんでしょう? それなら、お話いただけるはずですわよね」


 話さないならば、その事をルークに告げ口する。

 二人は表情でそう言って、コーザは忌々しげに舌打ちをする。


「ご友人が、某の向けた『試練』を撃退された」


「あら、あの三人組を?」


 『試練』とは良く言ったものだと、フレアは笑う。


 『勇者』が依存気味に連れて回していた少年。

 彼女は名前も覚えていない。

 しかし、その命が失われたと知ったら、いったいどんな事になってしまうのか。

 こいつはそれが分かっているのか。

 他人事のようにフレアは内心呆れる。


「あの程度の輩。手ぬるいとしか言いようがありませんわね」


 アリアの呆れは別の理由だ。

 彼女としては、『勇者』のお気に入りの相手は、早々に排除したいのが本心だった。


「奴らだけではない。他に一人、手練を差し向けたが、それも乗り越えられた」


 コーザの声は感心しているようにも聞こえる。

 それが二人の癇に障る。


「貴方が大したことの無い輩ばかりを差し向けているのではなくて?」

「貴方の目的が分かりかねますわね」


「某は、あのご友人の才を認めておる」


 非難がましい二人の声も、コーザの声色を変えるには及ばない。


「某があの方に『試練』を差し向けるのは、ご友人の将来に期待しておる。それだけの事」


 コーザの声は静かに、しかし熱が籠もっている。


「故に、出来る限り険しく難しい『試練』を差し向けておる。あの三人や『真っ二つ』ガランを撃破したと言うならば、他のいかなる試練を与えたとしても、あの方は成し遂げた事であろう」


 熱と、そして狂気を孕んだ声だった。


「すなわち、某の見識は正しかったと言うことですな」


 それにアリアはぞっとした。


 いつからだろうか。

 コーザがシオンの事を『あの方』と呼ぶようになったのは。

 そして、尊称で呼んでなお、刺客を差し向け命を狙うのは何故なのか。


 これは、何者なのだろうか。

 『勇者』の傍を護る『魔剣士』コーザ。

 音に聞こえたその人が、今のアリアには人ならざる何かに見えていた。


「私にはコーザ様の言葉が矛盾しているように感じますわね」


「あの子供を殺す事と生かす事。どちらを望んでおられるのですか?」


 フレアがアリアの声を継ぐ。


「子供を育てるためには、大人が本気にならねばなりません。故に、某はあの方に出来うる限りの試練を与えましょう。きっと彼はそれを乗り越える事でしょう。そうしてはじめて、彼は『勇者』の隣に立てる男に成長するのです」


「……なるほど。道理ですね」


 試練を超える程、人は強く育っていく。

 その事にフレアもアリアも異論は無い。


「それでもし、彼が『試練』を乗り越えられなかった場合は?」


「その時は、それまでの男だった。それだけの事。しかし、某は信じておりますよ。あの方が一人前の男に成長する事を」


 胸を張って言うコーザ。その目に僅かな迷いも曇りも無い。


 アリアは思う。こいつは馬鹿だと。


 フレアは納得する。こいつは気狂いだと。


 これ以上の問答は、やるだけ疲れるだけだと、二人はつくずく納得した。


「……さて。そろそろ出発の時間ですわね」

「そうねフレア。出立の準備をさせて頂戴。私はルーク様を起こします」

「楽な役割がお好きよね。アリアは」

「『勇者』様のご機嫌を乱さないようにお目覚めいただく手段を、貴方はご存知なのかしら、フレア」

「それはアリアの思い込みではなくって?」


 冷たい目でにらみ合う二人。

 その視線の下で安らかに眠る『勇者』の目が、突然ぱっと、見開かれる。


「『勇者』さま。ご機嫌麗しゅう」

「ルーク様。お目覚めのお茶を今お持ちいたしますわ」


 すり寄る二人にルークは青い瞳をきょろりと向けて。

 それから興味も無さそうにテントの中をぐるりと見渡す。


「今の階層は、第八階層だったよな」


 誰にともなく言う。

 現在攻略中のダンジョンは、全部で十三階層だと言う。

 何かしらの原因で拡大していない限り、後の階層は五つ。

 そのすべてが未踏破の階層だ。

 『勇者』を擁する彼らであっても、すべてを攻略するには数ヶ月。あるいは年単位の月日を必要とするだろう。

 今回も、第八階層の半分程度の攻略をもって、街に帰還する予定だった。


 だから、当然のように言った『勇者』の言葉を、居並ぶ誰もが一瞬理解出来なかった。


「今日中にダンジョンを全部攻略する」

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