第4話 そして勇者は夢を見る その2

 汗と共に疲れが流れ落ちていく。

 握った剣を放せないほど緊張しきった全身が、サウナの熱に溶けていく。

 ドナとミケラの二人がかりで身体をほぐし、香油を肌に塗られると、痛みも傷も消えていた。

 最後に冷水を頭からかぶると、溶け落ちた返り血で真っ赤に染まっていた。


 それでもう、シオンの体調は元通りになっていた。

 驚く程に軽くなった身体に、シオンは命をかけた戦いが、どれほどの疲労になるのかを理解した。


「それでは、本日はもうおやすみいたしましょう」


 いそいそと背中を押すドナ。

 いつも楽しそうに下がった目尻が、今は溶けそうなほどに垂れていた。


「嬉しそうですね」

「それはもう。ね、お姐さま」

「シオンの事はお任せいたしましたわよ。お姉さま」


 そう言って、ミケラも自室へと戻っていく。

 鏡写しのような二人が別々に動くのは、何度見ても慣れないなとシオンは思う。


「本日の疲れは、しっかり眠って癒やしてしまいましょうね」


 漂うドナの香り。

 香水のような花のような不思議な香り。

 隣に彼女がいるだけで、それが体中に纏わり付くようで。

 それだけで、不思議とシオンは眠くなる。


 きっと今夜も、布団の中に入った時には夢の世界にいるだろう。

 そう思いながら、シオンは寝室のドアを明ける。


「……遅かっったな……」


 寝室には先客がいた。

 間違いなくシオンの寝室だった。

 たった二日寝ただけだが、間違いようのない自分の部屋。

 身体に馴染んだ白いベッドの上に、赤い顔したレオナが座っていた。


「……何だよ。なんか文句あるか?」


 レオナが着ているのは、褐色の肌に映えるような水色の縦縞の寝間着。

 赤い髪にはナイトキャップ。

 顔の下半分は黒い布をつけている。


「……あ、いえ。ちょっと驚いたので」


 昼間の派手で華やかな彼女とは違った装いに、シオンは動揺してしまう。

 ぴちぴちと張り出すレオナの身体の輪郭は、野暮ったいくらいの作りの寝間着を内側から押し上げている。

 漂う香水と彼女の独特の匂いは、普段より一段濃いようにシオンには感じられた。


「レオナは貴方のためにベッドを温めて待っていたのですよ、シオン」

「いやらしい言い方をするなよドナ」

「ベッドを温めていたのは事実でしょう?」


 まあな、とレオナは目を反らす。


「……あの、レオナさん。どうしてここにいるのでしょうか」


 シオンとしては、そもそもそれが分からない。

 そんなシオンの手を取って、レオナは半ば強引にシオンの身体を布団に沈める。


「そ、添い寝してやるから!」


 声が上ずっていた。


「レオナがいやらしい事をしないように、わたくしが見ていて差し上げます」


 あらあらと、ご満悦声のドナ。


「やらしい事なんかしない」


 赤くなって言い返すレオナ。

 言い返しつつも、いそいそと布団の中に自分の身体も潜らせる。


 ふわふわの布団の中は、レオナの体温と匂いが染み込んでいた。


「見ていなかったらするでしょう? ちょっとくらい」

「…………」


 聞こえなかった振りをして、レオナはシオンに手を回す。


 布団とは違う女性らしい柔らかさ。

 シオンの心臓はうるさいくらいに鳴り響く。


「これじゃ眠れませんよ……」


 泣きそうな声で言うシオン。

 目の前には、レオナの整った顔がある。


「大丈夫ですよ」


 ドナがシオンの額を撫でる。

 爽やかな匂いが染み込んで。

 温かい体温と柔らかさに包まれて。

 次の瞬間には、シオンは夢の世界に落ちていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る