第3話 真っ二つ その14

「はいはい、シオン。動く動く、常に動くー」

「見合うのは休んでいるのと同じだぞ。常に有利をとるんだ。構えも、間合いも、位置も」


 シオンは長剣を逆手に持って上段に掲げる。

 左の短剣を添えて刀身を支える。

 打ち下ろしへの対応だとガランが思うよりも早く、シオンは真横に走り出す。


「……ああっ……」


 あっと言う間に大剣の間合いの外。

 そのままシオンは壁に張り付いた。

 壁を背負ってガランに向かう。


 上段に大剣を担いで追いかけてきたガランの動きが止まる。


「このガキ……」


 先程の床と同じだ。

 下手に打ち込めば、壁を叩くに終わる。

 そして、このすばしっこい子供は、その隙を今度こそ逃さない。

 次は何をやるのか分からない。


 駆け込むガランの勢いが止まる。

 やり辛い。明確にそう思う。

 大剣の一撃を武器とするガランの長所を、この子供は立ち回りで潰していく。


 まともに戦えば勝負にもならない相手のはずだった。

 どのような手段を使って来ても、【術技】で頭から叩き潰せるはずだった。


 冒険者であるならば、技量の差を補う裏技の類に精通している者もいる。

 だが、むしろその裏技こそがガランの得意とする所だった。


 例えばガランの大剣の柄頭は、鋼鉄製の重りで出来ている。

 必殺の一撃を例え受ける者がいたとしても、次の瞬間この柄頭に打撃の【術技】を込めて相手の顎を突き上げる。


 例えば、【術技:鋼体】という【術技】がある。

 【術技:耐性】の派生の【術技】で、全身を硬化させる効果がある。

 全身の動きが停止する、体重が増えるという副作用があるため、あまり人気の無い【術技】だ。

 しかしその副作用が、効果を生む事もある。

 【術技:重撃】を打ち込んだ瞬間、【術技:鋼体】を発動させる。

 増えた体重が【術技:重撃】の威力を倍加し、硬化した身体が鎧や盾を打った衝撃を吸収する。

 威力は倍増以上だ。


 例えば、【術技】は一度発動すると、全ての動きを完了するまで止まる事は無いと言われれいる。

 だが、より高位の【術技】を発動させる事で、途中で動きを止める事が出来る。

 それを利用すれば、通常の【術技】ではありえない連続攻撃が出来る。

 思わぬ敵の反撃にも、対応が出来る。


 そう言った裏技をガランは幾つも知っている。


 冒険者となる前、山賊として幾人も殺した経験もある。

 お綺麗な剣技などは使えない時代。

 手段を選ばずに相手を殺す。

 その手段を幾つも持っていた。


「厄介なガキだ……」


 その全てが、シオンには通じない。

 余りある手段も、一つとして有効に使う機会を得られない。

 技の半分も出せない。技の連携すら出来ない。攻めるきっかけが無い。

 やりにくい。


 舌打ちをする。

 その時にはもう、シオンはガランの目の前から消えていた。

 シオンの動きは一瞬も止まっていなかった。


 壁沿いに走る。

 ガランに背中を向けてすらいる。


 無防備に見えるその背中。

 そこに目掛けてガランは大剣を振り上げる。


 その音を、空気を揺らす大剣の音を、シオンは聞いた。

 ぐん、とシオンの踏み足が早くなる。

 踏み込み、次いで壁を蹴る。


 ぶん、と音を立てて振り下ろされた大剣が虚空を薙いで壁に刺さった。


「レオナさん。借ります!」


 その間に、シオンは目的の場所に着いていた。

 立て掛けられたレオナの大剣。

 鍛えた鋼の刀身に、斧のような刃のついた鍔飾り。

 柄頭は槍のように尖っていて、どのような手段でも相手を殺傷するのだと。

 その意志を表明するようなその武器を一本、シオンは左手に取り、逆手で構えて床に突き立てる。


 いける、と思った。

 先程のガランとの鍔迫り合いで確信した事がある。

 逆手は、順手に比べて強く重く剣を持てる。


 順手で剣を奮う時、剣を支えるのは小指一本だ。

 逆手ではそれが人差し指と親指になる。

 それが理由の一つだろう。


 逆手で構えると剣の重心が手先よりも内側に入る。

 最も力を必要とする振り出しの瞬間、身体の近くに重心がある事も理由の一つだろう。


 逆手の剣は手首の可動域が少ない。

 だから、手首は固定したままでいられる。


 腕の可動域も少ない。

 だから、剣は体捌きで振る事になる。


 他にも理由があるかもしれない。

 ただ、順手で振るよりも重い剣を振りやすい。それだけは間違いなかった。


 そして逆に、この長所はすべて短所にもなる。

 遠くに剣が届かず、剣の軌道が限られ、大きく体を捌かなければ剣を振れない。


 それを忘れてはならない。


 考え続けなくてはならない。


 そして、大剣を盾として使う限り、これら特徴は長所になるだろう。


「シオンはまったく、面白い事やるな」

「あれ、レオナが教えたヤツ?」

「型はいくらか見せたがね。それだけさ」


 シオンの動きは止まらない。

 左手の大剣で床を削って、壁沿いに走り続ける。


 ガランが壁から剣を引き抜いて、振り返る。

 大剣を担いでシオンに向かう。


「ちょ……バラン……」


 そのシオンとガランの間に『役人』がいた。

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