第3話 真っ二つ その15

 ガランとシオンで『役人』を挟む位置。

 その位置に、シオンが走っていた。


 『役人』は椅子に座ったそのまま、わたわたとシオンとガランを交互に見る。


「いいから動くな」


 剣を掲げて呼吸を整えるガラン。

 必殺の【術技】を打ち込む。

 そのつもりだった。


 受ける剣も邪魔な壁も、途中に何があったとしてもそのまま真っ二つにする。

 今までやってきたように、そうする。

 そう決めた。


 『役人』は、途中にあるシオンと一緒に切られる物体でしかない。

 わざわざ言って、『役人』に妙な動きをされても面倒だから言わないが。


「この人、貴方ごと斬る気ですよ」


 シオンが『役人』に言う。

 『役人』が信じられないと、ガランに目を向ける。

 少し前まで余裕に溢れた細い目が、恐怖と怒りに見開いていた。


「お前! どうなる事か分かっているんだろうな! 私は、私は……」

「いいから動くな。大人しくしろ」


 大人しく、邪魔をしないで斬られて死ね。

 ガランが口の中で呟く。


 ガン、と壁を蹴る音が響く。

 ガランの視線が『役人』に向いた瞬間だった。


 初動を見逃した。

 すぐに対応しなくてはならない。


「しゃぁっ!」


 反応が遅れた。

 そう思うまでも無く、ガランは全身に力を込める。


 全力で跳びこんで来る相手を、見て、考えて、判断する時間はない。

 突撃系の【術技】で加速している可能性すらある。


 シオンの構えを見れば。ガランの攻め手を考えれば。シオンは大剣を盾としている。

 そのはずだ。


 見るまでも無く、考えるまでも無く。長年の人を斬ってきた勘にガランは従った。

 蹴り足の音に半ば反射するように、ガランは一歩踏み出した。

 【術技:重破撃】。

 重みを加えて振り下ろす【術技:重撃】の上位の【術技】だ。


 これに、【術技:鋼体】を重ねて発動させる。

 威力は相乗だ。

 鋼の塊も両断出来る。


 並の剣なら折れるだろう。

 名剣魔剣の類であろうと、子供の細腕。しかも片手。

 容易く押し切り、シオンの身体を両断する。


 その途中、『役人』も二つに斬れるだろうが。

 それはもう、ガランにとってはどうでも良い事だった。


「……ガ……この……」


 人を斬る柔らかい感触。

 幾度も繰り返し、手に馴れた感触は、しかし人ひとり分の感触だった。


「……なに?」


 目の前には両断された『役人』。

 必殺の一撃は床を貫き、刀身の半ばまで埋まっている。


 そしてシオンは、壁を背にしたままでいた。

 壁を蹴ったあの音は、単に音を立てただけだった。


 ガランの必殺の一撃を、空振りさせるそのために。


「【術技:突撃】」


 たん、と軽やかな音を立てシオンの身体が加速する。

 右手の長剣が槍のように、ガラン目掛けて迫ってくる。


「……く……この」


 ガランは下がる。

 下がろうとする。

 その脚が止まる。


 床に沈んだ大剣が。

 それを掴んだ自分の両手が、下がる脚を縫い付ける。


「たぁぁああああああああっ!」


 【術技:突撃】の威力を込めて、長剣の切っ先がガランの胸を突く。

 【術技:耐性(刺突)】が発動する。

 切っ先の勢いを緩め、押し留め、一瞬拮抗し。


 シオンがさらに踏み込むと、長剣の剣先がガランの胸にぐさりと刺さった。


「……っぐ、は……」


 吹き上がる血の匂い。

 胸に刺さる切っ先が焼け火箸のように熱い。

 生臭い、熱い塊が喉奥からこみ上げてくるのを感じた。


 だが、ガランはまだ死んでいない。


 それが、彼にとっては重要な事だった。


 死んでいないのだから、殺す事も出来る。

 先に殺せば、死ぬ事は無い。

 それがガランの価値観だった。


 胸に長剣を刺したまま、ガランは【術技】を発動させる。


 【術技:浦風】


 【術技】の力がガランの身体を後ろに跳ばす。

 【術技】の力が床に埋まった大剣を引き抜く。


 弾けるように、常には有り得ぬ力と速度で距離をとる。


 片足で着地。

 【術技】が生み出した下がる力が、今度は着地した脚を軸に回転力に変わる。


 回転力が、大剣を振る力に変わる。

 さらに加速。

 一陣のつむじ風のように、ガランの身体は一回転する。

 十分に加速された大剣は、今まででに無い威力と早さを備えていた。


 ガランがただ距離をとる為に後ろに下がったと。

 そう騙されて無防備に追撃した者を、彼は何人と両断している。


 シオンもその、間合いの中にいた。


 勝った。と思った。

 この子供を殺したら、次は小生意気な女どもを殺す。


 その後は、この街を出て山賊家業でもやるか。

 それとも、別の街でまた冒険者に潜り込むか。


 脳裏にそんな皮算用が駆け抜ける。


「【術技:弾打】」


 シオンの左手の大剣が、その皮算用を弾き返した。


 大振りの一撃だった。

 床に刺さった剣を抜くのに時間をかけすぎた。

 観て、聴いて、感じて、そして考える事を、シオンはやめなかった。


 だから、大剣の軌道を見切る事は、シオンにとっては不可能ではなかった。


「……くそが」


 放たれたと同じ速度で、大剣が戻る。

 同じ速度、同じ力で、戻る切っ先はガランを襲う。


 咄嗟に【術技:鋼体】を発動させる。


 ざくり、と音を立て右腕が落ちる。


 身体の硬化は始まらない。


 【術技:耐性(斬撃)】の効果を打ち破り、大剣が胴に突き刺さる。


 肉をえぐり、胴の半ばまで貫き、そこでようやく身体の硬化が始まる。


 左肺には長剣が刺さる。

 右腕は切断。

 右胴の半ばまで大剣を埋め。

 硬化した身体でガランは立つ。


 ガランは諦めない。

 往生際の悪さが彼を生かし続けていた。


 まだ、何かあるはずだ。

 例えば懐にある、魔力の籠もった巻物。

 封を開けば火球の魔法が発動する。


 例えば、とっておきの水薬。

 服用すればしばらくの間、手足が切れても動き続ける事が出来る。


 例えば、愛用の大剣に仕込んだ……。


「ボクも必死なんです。だから」


 ガランの大剣に、シオンの大剣が絡みつく。

 同時に、シオンの身体が半転する。


 回る力とシオンの体重。

 一瞬の力と呼吸の刹那。

 するりと、自ら手を離したかのように、ガランの手から大剣がもぎ取られる。


「お見事」

「アタシの教えの通りだな」


 からん、と音を立てて、もぎ取られたガランの大剣が床に落ちる。

 それをラフィが拾い上げる。


「へぇ。ちょっと見なよこれ。なんか仕掛けがしてあるじゃん」

「弄るのは後にしろ。今はやる事あるだろう」

「ラフィ的にはもう終わりだけどね」

「生かして連れて行った方がいいんだよ。遺族も喜ぶから」


 にんまりと、肉食獣の笑みを漏らすレオナ。


「ねね。今ラフィに首折られるのと、散々悪さしてきた相手にゆっくりじっくりみじん切りにされるの。どっちがいい?」


 くけけ、とラフィの人の悪い笑み。


 それを横目で視ながら、シオンの目はガランの動きを注視する。

 一瞬の、どんな反撃も許さないように。


「畜生……なんでこんなガキに俺が……」

「なんでって、アンタがヘボだっただけじゃん」

「うちのシオンが優秀だった。それだけだな」

「それもある。そのシオンを見つけてきたラフィはやっぱり優秀ね」

「はいはい言っていろ」


 ガランは力なく項垂れて、それからその場に崩れ落ちた。

 【術技:鋼体】の効果を失ったガランの身体から、だくだくと血が流れる。


 ラフィとレオナが有り合わせの布を巻きつけて止血する。

 懐に隠した巻物も、腰のベルトの水薬も、その他様々な道具や隠し武器も抜き取って、裸同然のガランを荒縄できつく縛って。

 それでようやく、シオンは剣を握る手の力を抜いた。


「よくやったぞ。シオン」

「最後まで気を抜かなかったね。えらいえらい」


 緊張と興奮で、全身が硬直しているようだった。

 それを優しく癒やすように、ラフィとレオナが頭を撫でる。

 その感触の柔らかさと、二人の香りに包まれて。

 ようやくシオンは自分が勝った事を自覚した。



 後日。

 山賊行為三十二件。

 殺人九十七名。

 誘拐、監禁、強姦、無許可の奴隷売買。

 その他重罪を繰り返した山賊『真っ二つ』ガランの首が晒された。


 その首を狩った者の名前は語られ無かった。

 ただ、その者の要望により、ガランにかけられた賞金の半分は、被害者遺族に分配されたと言う。

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