第3話 真っ二つ その13

 【術技】では無かった。

 と言うよりも、寝ている相手を狙う【術技】は無い。

 もしかするとあるかも知れないが、普通では知られてはいない。

 だからこそ、自分の力で、腕で、剣を振る必要がある。


 そこがシオンの付け目だった。


 ガン、と音を立て、再び大剣が床に突き刺さる。

 大剣の切っ先は、シオンの肩口よりもさらに上。ただの床に当たって止まった。

 シオンは身体を捻って避ける必要すら無かった。


「……くそったれ」


 剣が最大の威力を持つ部位は、切っ先から手前の位置にある。

 故に剣士はその部位で目標を斬るよう訓練をする。


 ガランも同じだった。

 意識せず動かぬ目標に打ち込めば、確実にその部位で相手を斬れる。

 故に、シオンに対してもその間合い、その振り方で剣を落とした。

 シオンの身体は大剣の一撃で真っ二つになるはずだった。


 だが、そのためには相手の背後に、有効部位から先の刀身が通る空間が必要だった。

 そして、シオンの背中は床だった。

 床板とタイルが、シオンを護る盾になっていた。


 決着を焦った。

 相手を新人の子供と侮った。

 他の二人の存在に気を取られ過ぎていた。


 ガランの脳裏を言い訳めいた思いが走る。

 誰に釈明をする訳でもない。釈明の必要も無い。

 敢えて言えば自分自身にだ。


「考えているんですよ。これでも」


 大剣を掴むガランの腕にシオンの脚が絡んだ。

 脚で挟んで動きを止めて、それから力を込めて寝技に引き込む。


「ええい。鬱陶しい!」


 しがみつくシオンに、ガランはそのまま大剣を落とす。

 勢いでは無い。重みと腕力で押し切るつもりだった。

 生身のシオンの肉体は、鋼の刃を押し付ければ容易に断てる。

 そのはずだった。


「それくらいは想定しています」


 ギリギリと鋼と鋼の擦れる音。

 鮮烈な鉄の匂い。


 押し当てられる大剣を、シオンは護身用の剣で受けていた。

 鍔元と鍔元の鋼が擦れて削り合う。


 シオンは身を守る剣を逆手に握り直す。

 そして大剣の半ばあたりまで、押し合う剣を滑らせる。

 そこで、力が拮抗した。


 力を加える点から遠い場所ほど、そこを動かすには大きな力を必要とする。

 そういう「魔法」があるのだと、ミケラは教えてくれていた。


 両手で押し込むガラン。

 右手一本で受けるシオン。

 そしてシオンは空いた手をそのまま遊ばせたりはしない。


 シオンの左手が腰から短剣を抜いたのは、剣を滑らせるのと同時だった。

 先日、サライを刺した短剣だ。

 剣先が針のように尖っている。突き刺すためだけの短剣だった。


 ガランの両手に巻き付いた脚に力を込める。

 がっしりと、抱きつくように左手を回し、ガランの後頭部に鋭く尖った切っ先を突き刺す。


「ぐっ……」


 ずぶり、と短剣の切っ先がガランの首の肌を刺す。

 【術技:耐性(刺突)】が刃に拮抗する。

 そして徐々に【術技:耐性】の抵抗を破って、刃が首に埋まっていく。


「この……ガキ!」


 シオンの目の前には大剣が、断頭台のような刃を見せて迫ってくる。

 受けている剣は頭の上。

 幾人を両断した刃には、犠牲者の返り血がこびり付いたように錆が浮いていた。


 シオンが短剣を押し込むたびに、大剣の刃が迫って来る。

 支える右手の力が負けたなら。途中で力尽きたなら。この刃は間違いなくシオンの首を両断するだろう。

 シオンは右手に喝を入れ、迫る刃を押し返す。


 じわりじわりと左手の短剣が沈み込む。

 【術技:耐性(刺突)】の効果が切れた時。あるいは刃の威力が耐性の抵抗を上回った時、短剣の切っ先はガランの延髄を突き刺し殺す事だろう。


 命を賭けた我慢比べだった。


「っつだっ!」


 シオンがそう思った瞬間だった。

 ガランの頭が降ってきた。

 生え際の後退した、いかにも硬そうな額がシオン目掛けて落ちてくる。


 頭突き、と気付いた瞬間、シオンは首を上げて額で受けていた。


 ゴン、と脳に響く音。

 鼻の奥にツンと刺激が駆け抜ける。


 受け止めた、と思った。

 まだだった。


 ごつん、と後頭部から衝撃。

 シオンの首はガランの体重を支えきれなかった。

 押し込まれた後頭部が床を打つ。


 視界が揺れる。

 衝撃で頭の動きが一瞬止まる。


「くそ、なんてガキだ」


 衝撃で脚が緩んだ。

 その隙に、ガランは立ち上がる。

 立ち上がって大剣を構える。


「でしょ。才能あるのよ。ウチのシオンは」


 ラフィは自慢げに胸を張った。

 そのラフィをガランは見た。

 レオナの姿をガランは見た。


 二人ともその場から動いていない。

 武器を取り出す素振りも無い。


 だが、この二人がその気だったなら。

 この一連の攻防でガランの首は飛んでいた。

 それに気付く。


 格下の子供に苦戦している場合ではない。

 そして、その格下の子供が、自分を倒せると、この二人は思っている。

 その事に気付いた。


 気付いて、屈辱を感じて。

 そして、その一瞬でシオンは立ち上がっていた。

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