第3話 真っ二つ その12
「……ボクは……」
「いいからシオン。黙ってて」
「いつもの事さ。シオンが気にすることじゃない」
何か言いかけたシオンをラフィとレオナが遮った。
二人の目は冷静だ。
冷静に、この二人は生かして帰さないと言っていた。
「まあそれで、後ろのそいつを連れてきた理由が分かったな」
レオナは『役人』の背後に控える冒険者を指差す。
答えるように、その剣士は一歩前に出る。
右手が僅かに曲がる。
合図の瞬間、いち早く背中の大剣に手が届くように。
「『真っ二つ』ガラン。元山賊の賞金首だろう、お前。名前を偽ってモグラ共に紛れている所までは掴んでいたが。まさか本人がノコノコやってくるんだから」
「何のことですかね。彼は『大剣士』バラン。ガラン等と言う者は知りませんね」
『役人』は何を言っているのかと肩をすくめる。
わざとらしく馬鹿にしきったその表情が、見る者の神経を逆撫でる。
その動作の一つ一つが、彼が『役人』として積み重ねて来た技術でもある。
激昂させて冷静な判断力を奪う。
もしくは単なる嫌がらせの技術だ。
「ラフィ的には、知らないで連れてきたから勘弁して下さいー。って土下座するなら……あ、やっぱダメ。アンタの顔ムカつくから。絶対許さない」
ラフィは三日月みたいに裂けた笑みを浮かべていた。
視線はガランと『役人』両方を見ているようで観ていない。
彼女の脳内ではもう、二人の首を捻じり折っている。
後はいつ、それを現実にするかだけだった。
「賞金首なんですね……冒険者なのに」
「結構多いのよねー。モグラに化けてる賞金首ってさ。こいつもその一人。ラフィもこいつを探ってたんだよね」
『真っ二つ』ガラン。
『真っ二つ』の由来は得物の両手剣。力任せに振り下ろすその一撃で、百名近い命を奪ったと言う。
山賊行為を繰り返し、国からは多額の賞金。それに加えて、ガランに殺された人々の遺族から追加の賞金までもが出されている。
賞金の条件は「生死問わず」。
つまり「殺して良い。生かして連れて来れば、苦しめて殺す」と言う意味だ。
「はてさて。何と言われましても彼はバランと申します。そちらこそ、賞金首たる確信を見せていただきたい」
「人相書き、あるけれど見る? 目、あるかな? 見えるかな?」
挑発するラフィ。しかし『役人』は首を横に振るばかり。
「私もその賞金首の手配書は知っております。しかし、私にはとても似ているとは思えませんね」
のらりくらりと言ってのける。
「それで何? そんなつまんないイヤガラセのためにラフィ達んとこに来たワケ? ヒマなの?」
「まさかまさか。今回は純粋にお知らせと抗議に来たというだけで」
にこやかに笑う顔は晴れ晴れとして。
大きな文字で『嫌がらせのために来ました』と書いてあるようだった。
「そこで、シオンとそいつの容疑が不十分だから、双方諦める事で手打ち。とでもしたいんだろう?」
「おや。分かりますか?」
「それで前例作って、次からモグラどもに手を出せないようにしたいんだろう?」
『役人』はにこやかな顔のまま、黙して何も答えない。
細い目が、わかっているだろう、と言っていた。
「もしも本当にそのつもりなら……」
「だからシオンは何もする必要はない。こいつらの横槍はいつもの事だ」
レオナはぽんぽんとシオンの頭を撫でてやる。
「一度だけ言う。シオンはやらない。そっちの小汚い首と、モグラの小銭を置いて帰れ」
「仕方ありませんな。当方はその子を魔物と確信している。貴方は彼を賞金首と確信している。お互いの確信に従うしかありませんな」
『役人』がぬけぬけと言う。
それが合図だった。
ガランの目が鋭く光る。
弾けるように右手が大剣を掴む。
「死ね!」
【術技:山颪】。
大剣を振り上げて振り下ろす。言葉にしてしまえばそれだけの【術技】だ。
しかし、その早さと速度は並では無い。
ガランの肩を中心に、【術技】の力で加速された刀身は、収めた鞘をそのまま破壊する。
黒錆びた刀身が露わになる。
強い鉄錆の匂いが広がる。
いくつもの血を浴びたそれは、拭っても拭いきれない血の匂いを漂わせ。
暴威そのものとなった一撃が、シオンの脳天目掛けて降ってきた。
シオンの動きはそれよりも早かった。
ガランが剣を抜こうとした瞬間。
爆ぜるように呼吸と鼓動が激しくなったその瞬間。
シオンは必要な動作を終えていた。
シオンの身体がこてん、と後ろに倒れる。
力を抜いたらそのまま後ろに倒れていた。そういう動きだった。
床を蹴る音も、跳ねる身体の緊張も無い。
それが、ガランの間合いを見誤らせた。
振り下ろされた大剣は、少し前までシオンがいた空間を通り抜けて振り下ろされる。
「はずれ、です」
音を立てて大剣が床を穿つ。
床の上に大の字になったシオンの股の間。
大剣は絨毯を破り、床のタイルを砕くに終わった。
当たっていたならば、鎧の無いシオンの身体は真っ二つになっていただろう。
まさしく『真っ二つ』ガランの名の通りに。
「いいよいいよ。それよそれ」
ラフィは頭の後ろで手を組んで、高みの見物と洒落込んでいる。
最早戦う必要はないと、その表情が言っていた。
「それで勝った気か」
ガランは再び大剣を持ち上げる。
大上段に構えた大剣。
一歩踏み込むガラン。
そして、全身の力を込めた一撃が、床に横になるシオン目掛けて振り下ろされた。
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