第3話 真っ二つ その11

 『役人』と後ろに控える冒険者。二つの心臓がどくどくと強く脈打ち始めるのをシオンは聞いた。

 じわりと汗の臭いが漂う。


 漂う戦闘の気配に、シオンは気取られぬように細く長く呼吸を始める。

 いつ、どの瞬間でも動き出せるように。


「馬鹿だこいつ」


 面白くなってきた。とラフィは顔で言っている。

 ラフィの呼吸も姿勢も変わりない。変わっている様子をシオンは感じ取れない。

 常時の状態が臨戦態勢なのか。それともシオンに感じ取れない場所で戦いの準備を整えているのか。

 その区別は今のシオンには分からなかった。


「疑いがあるから殺して良い。と言う話は初耳だな」


 レオナはソファに身体を沈めて天を仰ぐ。

 ここからどう、剣を取って戦う姿勢に変わるのか。

 それとも、切った張ったはシオンとラフィに任せる気なのか。

 この姿を、敵はどう考えるのか。どう狙うのか。


 それをシオンは考える。


「ですが、疑いがあるならば、確認しなくてはならない」


 『役人』が、ぐいと顔を前に出す。

 伸ばした首筋を斬って下さいと言わんばかり。

 素人丸出しの動きだった。


 自分は斬られない。その確信があると言うことだろうか。


「どうやって? シオンの頭をパカって開くと『魔物です』とか書いてあるとか言い出すのかな?」

「報告書の写しを送ったはずだが。もしかすると字が読めない方だったかな?」

「どう言われようと。彼が魔物では無い証拠を示していただかなくてはなんとも出来ませんな」

「お前の方で、魔物である証拠を示してからだな。話にならん」


 レオナはもう、『役人』に目を向けてすらいない。

 バカバカしいと言わんばかりの表情で首を振り、ついでにちらりと護衛を見る。


 仁王立ちをしているようで、いつでも剣を抜ける姿勢。

 気付かれないように低く小さくした、しかし隠し切れない荒い息。

 激しい鼓動と、じわりと浮かぶ汗は身体が緊張状態にある事を示している。

 合図を待ちきれないように、姿勢は僅かに前傾していた。

 

 つまりは最初からそのつもりで来たのだ。


「こちらとしても退く訳には参りません。彼の引き渡しを拒むならば、当方は貴方達を魔物を匿う敵対集団と判断せざるを得ませんなぁ」


 いけしゃあしゃあと言う『役人』。

 声色は、自分の言葉も信じていないと語っている。

 こちらも最初からそのつもりで。

 自分は殴られない位置にいる。そう思い込んでいる。


 こういう奴を殴りつけて這いつくばらせてやったら気分が良いのだろうと。

 唇を歪ませてレオナは思った。


 そしてラフィは完全にそのつもりになっていた。

 こいつは殺すと。


「つまり、最初からそのつもりだったと言う事ですか。ボクは、交渉の材料だと」


 シオンの声は震えていた。

 悔しい。間違っている。

 明確に向けられた悪意に震えが走る。

 そして何より、自分の存在がレオナ達の迷惑になる事が不甲斐ないと思う。


「さて、何の事か。私には判りかねますな。それよりもどうされますかね、『戦士』シオンくん」


 座り直して『役人』は、シオンを見上げてそう言った。

 にこやかに悪意を込めるその顔は、まだまだ手札を残していると語っている。

 シオンは改めて、『役人』が冒険者達を取りまとめていた事実を思い出していた。

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