第3話 真っ二つ その8

「大丈夫なんですか?」

「だいじょーぶ。【術技】使ってもいいよ。てか、使って」


「使って差し上げて下さいな、シオン」

「使わないとちょっと心配ですものね」


 余裕たっぷりのラフィと、含み笑いのドナとミケラ。

 困惑しつつ、シオンは剣を握る。


「では、【術技:重撃】を」


 全身の体重を剣に込め、上段から打ち下ろす、基礎的な【術技】だ。

 同系統を極めれば、剣自体の重さを数倍に増やしたり、【術技】の余波で攻撃したり、超重量で何もかもを吸収圧縮したり出来るようになる。

 シオンにはまだまだ遠い世界の話であるが。


「了解。それじゃ、いってみようか」

「はい!」


 気合を込めて【術技】を発動する。

 上段に掲げた剣が、踏み込みと共に振り下ろされた。


 狙うは自然体に立つラフィの肩口。

 襲いかかる鋼の刃に、ラフィは動く気配も無い。


「せやぁ!」


 刃がラフィの肩口に触れる。

 柔らかい皮に触れたと思った瞬間、シオンの剣がそこで止まった。


 止められていた。

 護る鎧も何も無いただの肉が、【術技】で強化した一撃を止めていた。


「何とか成功ですわね」

「上手く行って安心いたしましたわ」


「だからよゆーだって言ってんじゃん」


 と言うラフィの額には、一筋汗が流れている。

 彼女にしても神経を要する事だったらしい。


「いったい、どうしてこんな事が出来るんですか?」

「さっきも言ったじゃん。なんで剣って切れるのかって」

「速さと重さと硬さと鋭さ……ですか」

「そう、その全部があるから剣ってのは切れるのよー」


 ふふん、と人差し指を立て、ラフィはシオンに説明する。


「つまり、その一つでも無くしてしまえばこの通り。まあ、大道芸の類だけどね」


「わたくし達は出来ますが。ね、お姐さま」

「ラフィにはやって見せましたもの。ね、お姉さま」


「そこの外野、うるさいよー」


 不満げに唇を歪ませるラフィ。

 シオンの遥か彼方の技量を持つ彼女ですら、ドナとミケラには敵わない。

 どうやらそういう事らしい。


「【術技】ってヤツの欠点がこれ。まあ、何も考えないで剣振ってるヤツも同じなんだけどさー」


 シオンは刃に触れてみる。

 それから軽く引いてみると、さくりと指先に刃が沈む。


「はいはい、タネの仕掛けも無いわよ。そっちには。つまりね、【術技】ってヤツは綺麗な太刀筋を再現してくれるから、知ってるなら太刀筋を見切るのも簡単……簡単じゃないか。簡単じゃないけどまあ、出来るってワケ」


 あっさりと言うラフィ。

 対してシオンは言葉も無い。


 シオン自身、半年の冒険者生活で戦いの経験はそれなりにある。

 魔物との戦いはもちろん、依頼を受けて山賊と戦った事もある。

 それでも、太刀筋を予め見切られるという事は無かった。


「シオンの疑念は当然ですわね」

「そもそも、【術技】の太刀筋は、一流の正しき剣の技」

「元の剣技を熟知した者でなければ、見切る事は難しいでしょう」

「一介の山賊。ましてや魔物には見切り、対応は出来ませんわ」


「でも、ラフィは出来ちゃうし。それでも、どの【術技】が、どのタイミングで来るか。その後どう連携するか。それが分からないとちょっと無理。だからさっきのは大道芸」


「わたくし達は出来ますが。ね、お姐さま」

「ラフィにはやって見せましたもの。ね、お姉さま」


「うるさい、外野。自慢すんなー」


 ラフィはくるりと二人を指さして。それからシオンも指を差す。


「つまりここに行き着くの。臨機応変。水のように風のように。あるべき時に、あるべき形に変化する。常に動き続け留まる事は無い。『感じ』でやらない。考える。考え続ける。それは何故。それは何。それはどうして。そういうの全部を忘れずにやる。やりつづける」


「身体の動きと頭脳の動きは別のもの」

「異なる二つを同時に働かせるのは困難です」


「「故に、それが出来た時。貴方は一段上からの視点を得ることでしょう」」


 ドナとミケラはさらりと言った。

 そう言われて、そうそう出来るものでも無い事は、シオンにもよく分かっていた。


「そーゆーキツい事をやり遂げる事。そいつをこう言うのよ。根性ってね」


 つまりは根性が一番必要。

 と言う事らしかった。

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