第3話 真っ二つ その9

 動く。知覚する。判断する。そして動く。

 それを同時に行う。


 例えば文字が書いてある玉を投げつけられる。

 それを読み。玉を取り。文字に合わせた動きをとる。


 例えば、以前言われていた、縄梯子の上で踊るという修行。

 ミケラが唄う歌に合わせて梯子をまたぐ。またぐ動作も歌の内容に従う。

 歌のテンポは突然変わる。

 内容も突然変わる。

 それを瞬時に判断し、動きを変える。


 脳が脈打つ。

 どくどくと音を立て、気血が血管を押し広げる。

 頭蓋の内側で心臓が脈打っている。そう感じた。


「シオン。頑張りなさい」

「シオン。呼吸を忘れずに」

「「気血が通る時、貴方は一つ生まれ変わります」」


「根性根性。気合と根性だよー」


 師匠の声援が途切れそうな気力を支えていた。


「今日の修行はこんなものだろう。お疲れ様だな。シオン」


 気付けば周囲は夕闇に包まれていた。

 館から現れたレオナがシオンの頭を撫でて言う。

 優しく髪を撫でる柔らかい指が、火照った頭に心地良かった。


「ま、こんなモンでしょ。そんでレオナ、ご飯の用意でも出来たの?」

「いや。その前にもう一仕事あるんだ。ラフィ、シオン。応接室まで来てくれ」

「なーに? ラフィめんどいのヤダなんだけど」


 レオナの言葉にラフィは口を尖らせる。


「仕事ですか? 賞金稼ぎの?」

「ああ、この間のやつだ。賞金を先方が持ってきたんでな」


 はて、とシオンは首をかしげる。


「この間の、と言われても。ボクは賞金稼ぎの仕事はしていませんが」

「やったじゃーん。何、もう忘れたの? 健忘症?」


 ケタケタと笑うラフィ。

 シオンの傾げる首はさらに角度を増すばかり。


「……すみません。記憶が……」

「記憶にも残さないってのはさすがにちょっと酷くない? ほら、こないだの三人組」


 ラフィに言われて手を打って、それからシオンはさらに首を傾げる。


「賞金がついていたのですか、あの三人は」

「いや、そーゆーワケじゃないのよ。てかさ、ちょっと考えようか。賞金ついてないヤツが突然暴れ出したとしたらどうする?」

「その時にどうやって賞金稼ぎに対応をさせるか。と言う事ですね」

「そうそう。分かってるじゃない」

「シオンは賢くていい子だな」


 レオナはシオンの頭をまだ撫でている。

 もしゃもしゃと髪をかき回す感触がこそばゆい。


「えっと……どうにかして現行犯でも賞金を出す手段を考える。ですか」

「せいかーい」

「シオンは賢くていい子だな」


 レオナはシオンの頭をまだ撫でている。

 シオンもそろそろ恥ずかしくなってきた。


「レオナ。そろそろやめようよ。手付きがいやらしいし」

「うん。手触りがよくってつい、な。後、いやらしくないぞアタシは」

「どう見てもいやらしいけどなー」

「いやらしいですわよね、お姉さま」

「いやらしいですわね、お姐さま」


「……まあ、ちょっと自重しよう」


 未練がましくシオンの首筋を一なでして、レオナはようやく手を離す。

 感触を十分に堪能したのか、レオナの顔はご満悦。

 頭を撫でる手付きより、その表情の方が色っぽいなぁ、とシオンは思う。


「でだ。賞金がついていない現行犯の場合、仕留めた相手の財産から報酬が分配される決まりになっている」

「つまりさ。あの三人のなけなしの財産を持って、モグラどもの親玉がのこのこやってきた、ってワケ」


 いい気味だ、とラフィが悪い笑みを浮かべる。


 敵対する相手に、頭を下げて金を渡しに行く。

 その金は仲間のなけなしの財産だ。

 それがどれほど屈辱的か、シオンには想像しきれない。

 これが、冒険者が賞金稼ぎを憎む理由の一つである事は間違いない。


 立場が違っていたら、シオンもこう思った事だろう。

 死体漁りのカラスめと。


「そう言う訳だ。シオン、剣は忘れずに持って来るんだぞ」


 レオナの顔には剣呑な表情が浮かんでいる。

 きっといつもこんな感じで、そして穏便には終わらない。

 そう思い、シオンは剣を持つ手に力を入れた。

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