第3話 真っ二つ その7
「ラフィも別に【術技】ってヤツを馬鹿にしてる訳じゃあないのよねー」
剣の修養を始めると聞いて、ラフィが顔を出してきた。
昨日と同じ裏手の広場。
ミケラが持ち出してきた枝腕を何本も生やした標的に、シオンは木製の剣を打ち込んでいる所だった。
「結局さ。どこまで信用できるか。って事よ」
「信用ですか? 発動させれば、どんな時でもその通りに動いてくれるのですが」
「そういう事じゃなくってさ。理解出来ているか。って事」
ラフィはぴょんと一跳びすると、シオンが打ち込む標的の頭に着地する。
「例えばさ。どうして剣は切れるのかな?」
振り返ったラフィの言葉はまるで禅問答。
「……どうして剣が切れるのか……?」
考えた事すら無かった。
剣と言うものは、打ち付ければ切れるもの。
シオンでも、「どうして」とまでは、考えた事は無い。
「刃があるから。ですか」
「それだけ?」
「……速さと、重さと、鋭さと、硬さ。それを備えているから。だと思います」
「優秀。さすがシオン。ラフィの目はやっぱり間違いないね」
木剣を打ち込むシオン。
自分の身体に当たるであろう剣だけを、ひらりひらりとラフィはよける。
「じゃあ、なんで鋭いと切れるのかな?」
「……わかりません」
シオンは答えられない。
答えようがない。
そんな疑問を持ったことすらない。
「ラフィ。その質問は意地悪ですわ」
「ラフィ。貴方の答えられない質問をしてさしあげましょうか」
「うえ。それは勘弁」
シオンの左右についたドナとミケラが、釘刺すように微笑んだ。
ラフィは顔をしかめて頭を掻いて、それからシオンに向き直る。
「まー、そういう事。世の中分からない事ばっかり。ラフィだって、この身体の全部は分からない。どうして足を交互に出すと歩けるのか。どうして手を握ると物がつかめるのか。硬いとはなんなのか。立つとは座るとは。呼吸するとはなんなのか」
一つ一つの動作をして見せて、ラフィはシオンに語りかける。
「ラフィはそこまでしか理解出来ていないから、【術技】なんて余計な物まで手を出せない。分からない事を増やしてみても、意味も分からず使ってみせて、どこかで失敗するのがオチだから」
標的の頭に二本の足で立つ。
限定された悪い足場で、しかしラフィは地上に立つのと変わらない。
それでもラフィは『立つも座るもわからない』と言っている。
その事に、シオンは素直に感心する。
「別にね。達人のじーさまみたいに『真に立つとかなんぞや』なんて言う気は無いのよ。てか、それは多分存在しないから」
標的の頭を蹴ってぴょんと跳び、それから何事も無かったかのように元の場所に足を下ろす。
「臨機応変。それがきっと『本当に立つ』って事。で、その臨機応変をするための根本の何かってのがあるはずなのよね。それが、ラフィは知りたいの」
よく見ると、ラフィの重心の位置は変わっていなかった。
ただ、その位置を維持するために、ラフィの手足は宙を舞い、地面を蹴っている。
シオンに感じられ無い程の細やかな筋肉の動き、重心の補正。
そこに留まるために、ラフィは常に動き続けていた。
「【術技】の一つ一つにも、同じく理由と理屈があって。それを理解する必要がある。そういう事ですね」
せめて、ラフィが「立つ」事に向けている理解の程度には、何百とある【術技】を理解しないといけない。
そう思うと、シオンは気が遠くなるようだった。
「程度問題だけどね。もっと気楽に道具として使うのもアリ」
「ですが、道具であろうとも」
「長短を弁えなければなりませんわ」
ミケラの手が剣を振るシオンの手を止める。
ドナが木剣を手放させ、代わりに鋼の剣を握らせる。
陽の光を反射して、刃がぎらりと光った。
「じゃあ、さっきの『どうして剣は切れるのか』を試してみよう。シオン、ラフィを斬ってみて」
ぴょんと地面に降り立って、ラフィはそんな事を言った。
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