第3話 真っ二つ その5

「人は扱われたようにしか成り得ません」

「人は与えられた役割の通りの者にしか成り得ません」


「勇者のように扱われたならば、勇者に」

「奴隷のように扱われたならば、奴隷に」


「勝者のように扱われたならば、勝者に」

「敗者のように扱われたならば、敗者に」


「ラフィに連れられてきた時、貴方は奴隷のようでした」

「ラフィに連れられてきた時、貴方は敗者のようでした」


「それは貴方を奴隷と扱う者がいたと言うだけ」

「それは貴方を敗者と扱う者がいたと言うだけ」


「わたくしたちは貴方を大切な弟子と扱います」

「わたくしたちは貴方を大切な我が子と扱います」


「だから貴方は。誰よりも強く、賢き者と成りましょう」

「だから貴方は。これから、わたくしたちの愛し子と成りましょう」


「「愛しき子よ。健やかに育つのですよ」」


 やるべき事が増える度。

 意識せねばならない箇所が増える度。

 その全てを実行するのは難しくなる。


 シオンは何度も誤った。

 足らず忘れる事も多い。

 その度に、ドナとミケラは優しくそれを教え正す。


「何度も間違ったり、忘れたり。自分の無能が恥ずかしいです」


 ふと、シオンがそう言った時。

 ドナは彼女の白い指でシオンの口を閉じ。

 ミケラは優しく頭を撫でる。


「知らぬ物を一度二度で学べる者などおりはしませんわ」

「出来るようになるまで、正しく教え繰り返す事。必要なのはそれだけですわ」


「厳しくされた方が、もっと早く学べる。ボクにはそう思えるのですが」


 シオンの言葉にドナはくすくすと笑い。ミケラは呆れたように首を振る。


「厳しく言っても、学ぶに要する時間は変わりませんわ」

「むしろ萎縮したり、分からないのに叱られたくないと、分かったように偽られる方が習得を妨げますわ」

「厳しくと言うならば、学ぶ事それ自体に対してすべきこと」

「ただ何事にも厳しくすれば良いと言う考えは、原因と結果を履き違えた短絡と言う他にありませんわ」


 訓練を始めたのは早朝。

 気付けば夕闇が周囲を覆い尽くしていた。


「初日はこの程度にいたしましょう」

「明日より、長期を見据えて基礎体力の訓練を」

「加えて術理を学んでゆきましょうね」

「明日から楽しみですわ。ね、お姉さま」

「楽しみですわね、お姐さま」


 ぽん、とドナとミケラは両手をあわせる。

 気付けばシオンの全身は綿のように力が入らなくなっていた。

 全身に蓄積した疲労が、どうやら限界に達したらしい。


 膝から崩れ落ちるシオンを、二人はひょいと持ち上げて。

 灯りのついた『真紅の女主人』亭へと連れて行く。


「さて、お食事の時間ですわ」

「お食事もまた、重要な修行の一環」


「「ゆめゆめ疎かにする事無いように」」


 起臥寝食すべてが修行と二人は言う。

 とろけるような美味い食事を腹いっぱい詰め込んで。

 寝物語のように、四人から遠い国の出来事や、不思議な世界の物語。何でも無い日常の話。それを聞かされ。

 サウナで身を清めて身体をほぐし。

 そして柔らかくて良い匂いのする寝室で眠る。


「……あの。ドナさん」


 そして眠る時。枕元にはドナがいた。

 枕に埋まるシオンの額に白い手を当て、ドナは座っている。

 長い睫毛のむこうの優しげな瞳。

 長く伸びた両耳が、シオンが身をよじる音まで聞き取るようだった。


「わたくしは眠る必要はありません。ですから、シオンがよく眠れるようにここにおりますわ」


 ドナとミケラの二人も、一人でいる瞬間があるのかと。

 そんな事を考えながら、シオンの意識は夢の世界へと落ちていった。

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