第3話 真っ二つ その4

 よく晴れた爽やかな朝。

 昨日の疲労も負傷も、柔らかなベッドと深い眠りが吸収してくれたようで。

 目を覚ましたシオンはぐっと一伸び。

 それでもう、今日の修練の準備は整っていた。


「おはようございます。シオン」

「よい朝ですね。シオン」


 枕元には白い影が二つ立っていた。

 いつからそこにいたのか、ドナとミケラがそこにいた。。


 ドナの手元には柔らかい生地の服。

 二人の手によって着替えさせられる。

 着てみると、シオンの身体にぴたりと馴染んだ。


 ミケラの手には牛の乳の粥。

 麦を甘く煮詰めて、乾燥果実をまぶした粥は、シオンが今まで食べた麦粥とはまったく別の代物だった。


 朝食をゆっくりと啜るシオンに、ドナとミケラは語りかける。


「シオン。貴方に必要な事は、自分自身を知ることですわ」

「何が出来るか。何が出来ないか。どこまで出来るか。どこからが出来ないか」

「どうして”それ”が出来るのか」

「どうやれば”それ”が出来るのか」

「足の指先から髪の毛の先まで」

「自らの肉体を自らのものとしなくてはいけません」


 朝食後には食休み。

 こんなゆったりとした朝を迎えた事は今までなかった。


 一休みした後の本日の修行も『真紅の女主人』亭の裏庭。

 広い敷地にいつ現れたのか、取っ手付きの重しやら、高い所に吊るした鉄棒やら、様々な怪しげな器物が置いてある。


「よろしくお願いします。ドナさん、ミケラさん」


 『自分自身を知るため』と称して、二人はシオンを走らせる。

 予め決めた距離を全力で走ったり。

 その決めた距離も、長さを変えて何度も走る。

 走り跳ぶ距離を測る。障害物を乗り越えて走る。


 さらに、重しを持ち上げる。

 これも、次々重みを変えて、持ち上げられる最も重い物は何かを記録する。

 持ち上げ方も様々だ。

 立った状態で腰の力で持ち上げる。

 寝た状態で腕の力で持ち上げる。

 肩に担いで膝を曲げ、立ち上がる。


 その他、さまざまな事をやる。

 鉄棒にぶら下がり、身体を鉄棒まで持ち上げる。

 壁を登り障害物を越えて走る。

 地面に描いた三本の線を、決めた時間内に何度跨げるか。

 球形の重しをどれだけ遠くに投げられるか。

 その他色々。


 ドナとミケラは、「試し」とそれを呼ぶ。


「肉体は負荷を与えて回復させる度、強化されてゆきますわ」

「ですが、肉体の強化には長い時間がかかるもの。今日のこれは、肉体の強化を求めるものではありません」

「今、シオンの身体がどこまで出来るのか」

「それを数値として記録するためのもの」


 その「試し」を一通り行い、一度休息を取った後にもう一度繰り返した。


 休息は過保護な程に甘やかされる。

 甘い果実の飲み物を与えられ、全身を香油と二人の指でほぐされる。

 二人の身体に挟まれて、呼吸を整えて筋を伸ばす。

 さらには、柔らかい寝床で昼寝までさせられる。

 寝ている間は、ドナが額に手を当てて、ミケラが子守唄まで歌ってくれる。


「一度目の疲労があって尚、シオンの記録は上がります。それは、肉体の強化によるものではありません」

「それはシオンの肉体に眠る力を自覚した。それだけの事ですわ」


 確かに一度目よりも、遥かに早く、遠く、強く動く事が出来ていた。

 一通り試しを終え、それからもう一度休息し。

 それからドナとミケラは再度試しを行うようにとシオンに命ずる。


「今度はわたくし達の指示に従いつつ、試しをいたしましょう」

「まずは呼吸」

「呼吸とは気血の循環の根幹」

「瞬間的に力を発する時。力を入れ続けている時。長時間力を入れ続ける時。体力を回復する時」

「全ての局面に対応する呼吸があります」


「呼吸の在り方を極めた時」

「シオン、貴方は肉体の在り方を極める事となりますわ」


 呼吸に始まり、四肢胴体の力の加え方。

 姿勢と重心をどこに定めるか、それとも定めないか。

 手指の力の加え方まで、逐一説明を与えられ、それに従う。


 その度に、試しの記録は伸びていく。

 それが、シオンには嬉しい。自信にもなる。

 自分は、出来るのだと。

 そう思えた。

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