第3話 真っ二つ その3

「戻る」


 聞かれた。

 誤解された。

 いや、誤解されて当然だ。


 ルークは唐突に理解した。

 理解するが早いか、ルークは階段に向けて歩き出す。


「お待ち下さい。勇者さま。ルーク様!」


 イーゲルブーアが追いすがる。

 特大の【窓】がルークの行く手を阻むように広がる。

 目障りだった。

 これが親友を傷つけた。

 これが親友と自分を引き離した。


「勇者様。突然どうされましたか」


 コーザも分厚い鎧をガチャガチャ言わせて駆け寄ってくる。

 その巨体と重武装に似合わぬ速さで地面を蹴って、くるりとルークの前に立つ。


 邪魔だった。

 今すぐ邪魔者を蹴散らして、シオンの元へと行かなければいけない。

 行って、誤解を解かなければ、だめだ。


 ゴチャゴチャ言うこいつらを、【術技】を使って殲滅する。

 そんな事すら、ルークは本気で考え始めていた。


「戻る。シオンを探しに行かないと」


 分かれたとしたら第六階層だろう。

 すでに攻略済みとしても、出現する魔物は強力だ。

 新人冒険者に過ぎないシオンが一人で太刀打ち出来る敵では無い。


 最悪の事態になる前に、助けに行かなければならない。


「ご友人は身を引かれました。ご自身の意志です」

「そんな事があるかバカ」

「事実です」


 コーザの真っ直ぐな目。

 自身の正しさを欠片も疑っていないと、その目が語っている。


「どうせ、お前が余計な事を吹き込んだのだろう」

「決断したのはご友人です」


 『ご友人』じゃない、シオンだ。親友だ。

 ルークは口の中で呟いていた。


「そもそも。あの子供はもう限界だったじゃろ」


 イーゲルブーアがカッカと笑う。

 そんな事はルークにも分かっていた。

 だがそれでも、シオンは自分の横にいるはずだし。

 シオン一人分くらいは、ルーク一人で十分以上に働ける。


 むしろ、シオン以外が居なくても問題は無い。

 精々、ローケンが居てくれると助かる。それくらいだ。


「ご友人は私から見ても才長けた者と見ます。だが、我ら一行に同行する力は無い。今はまだ、かもしれませんが。しかし今は、今なのです。お分かり下さい勇者様」


 ここは通さぬとばかりに、コーザは両手を広げる。

 その横を通れぬものかとルークは首を傾げる。

 それともやっぱり、殺してしまうか。


 ちきちきと、ルークにしか聞こえない音がする。

 ルークの脳裏で【術技】の一覧が回る音だ。

 コーザの【窓】に向けるのは、果たしてどれがいいだろう。


「俺としちゃあ。あの子は居てくれた方が良かったけどなぁ」


 ため息のように言うローケン。

 この男は気づくとそこにいる。


「雑用やってくれるし。何より壁が一枚あると大分違う」

「お前には聞いておらぬぞ、盗賊」

「へいへい。下賎な盗賊は黙りますよーと」


 ローケンは口元に指でバツ印を作って下がる。

 その時にはもう彼の気配が消えていた。

 存在感が消えている事も分からない。


「ルークさまのご判断は常に正しいと、わたしは思います」


 と、アリア。

 自分の意見を言っているようで、何も言っていない。


「ならば、自らお手打ちになられたあの子は、相応しく無いのでは?」


 フレアは眉をひそめる。

 以前から、フレアはシオンの事を邪魔に思っている様子ではあった。

 ただ、ルークの手前積極的に排除はしない。

 そういう立場をとっていた。


「皆の意見を聞いている訳ではない。議論の必要も無い」


 我もと誰かが喋ろうとするのを、ぴしゃりとコーザは遮った。


「それと、部下から報告を受けております。ご友人は無事に地上に戻られました」

「……何でそんな事をしっている?」

「某としてもご友人の事は心配しております。あの方の事は一つ某に任せ、勇者様にございましてはとりあえず責務に専念していただきたい」


 コーザの声は真摯だった。

 いけ好かない性格の男だが、自らの領域の物事については生真面目な性格でもある。

 その点だけは信頼できる。


「艱難辛苦は男子を玉にすると申します。ご友人は今、どん底におられる事でしょう。苦しみ、悩み、泥にまみれ、苦痛と試練を経て、それでようやく男児は男と産まれ変わるのです。今に苦難と試練を乗り超えて、ご友人は勇者様の元へと自ら戻られましょう。それまで、勇者様はご自身の役割をお果たしいただきたい」


 ルークは反論しようとし。

 それから不満げに口をつぐんで背を向ける。


「行くぞ。さっさとダンジョンを攻略する」


 反論の言葉は出なかった。

 早くダンジョンを攻略して、シオンの元へと戻る。

 そうしたらどうしようか。

 やっぱり、街を出てしまおうか。


 そんな事に思いを馳せて、ルークは先を急ぐ事にした。

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