第3話 真っ二つ その2

 シオンの声だ。

 声は意外な程に近かった。


 振り返る。

 シオンがいた。目の前にいた。

 剣を振りかぶっていた。

 既に剣の間合いの中だった。


 浮かび上がった【窓】が、赤文字で警告を発していた。

 こいつは危険だ。

 こいつは敵だ。

 こいつは殺すべき相手だ。


 やかましいくらいに飛び交う警告表示。

 ルークの中で【術技】が、今こそ自分を使う時、と主張を始める。

 【術技:裂光】を使った直後に、振り向きざまに発動出来る【術技】が、リストになって脳裏に浮かぶ


「ルーク! 足元っ!」


 刃が閃く。

 シオンの刃が向かってくる。

 親友の顔が、飛び交う【窓】でよく見えない。


「足元! 影! 敵っ!」


 ガン、と鋼が床を叩く音。

 シオンが奮った刃で地面を叩く。


「……っ!?」


 床ではなかった。

 倒したはずの吸血鬼ノスフェラトゥの影がそこにあった。

 影から牙と顎が生えていた。


 吸血鬼ノスフェラトゥが遺した影から、巨大な獣が出現しようとしていた。

 一口でルークの全身を覆い尽くせる程の顎。

 剣よりも長い牙。

 口の中は深淵の闇に繋がっている。


 獣は出現と同時にルークを脚から齧り取ろうとしていた。


 強大なその獣の顎内に、シオンの刃が傷をつける。

 かすり傷程度の小さい傷。

 獣を倒すには遥かに足りない。

 顎を閉じるその速度を、一瞬止めたそれだけだった。


 そして、ルークにはその一瞬で十分だった。


「【術技:螺旋竜】!」


 獣の【窓】が見えた瞬間、ルークは【術技】を【窓】に定める。

 竜に似た光の軌跡を描いて、ルークの剣は振り下ろされる。


 動きは螺旋。

 周囲すべてを切り裂いて。

 周囲の敵を切り裂いて。

 獣は瞬時に肉塊に変わる。

 敵を示す【窓】はすべて消えていた。


「……あ」


 影から現れた獣の【窓】も

 刃を持って駆けつけた親友の【窓】も。


「シオン! シオン! 大丈夫か?」


 親友の肩にざくりと剣が刺さっていた。

 びゅうびゅうと、真っ赤な血が噴き出していた。

 半ばまでつきたてられた刃が、咄嗟に我が身を守ったシオンの剣と盾を砕いて、肺の手前で止まっていた。


「ごめん。ごめんシオン! 大丈夫? 大丈夫か! 誰か、治癒を、治癒を早く!」


 親友を斬ってしまった。

 窮地に駆けつけてくれた親友を斬ってしまった。


 【窓】のせいだ。

 真っ赤な警告表示の【窓】が、ルークの周りを飛び交っていた。

 刃を持って駆け込んでくる親友を、【窓】は敵と表示し続けていた。


 だから、【術技】に巻き込んでしまった。


「目障りだったから……」


 【窓】が、目障りだったから。

 親友を斬ってしまった。


 シオンは何も悪くない。

 オレも親友を傷つけるつもりは無い。


 言い訳にすらならない事を知りながら、ルークはただ侘び続ける事しかできなかった。


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